溺れる魚は切ない恋に身を窶（やつ）す

フレッシュオイスター・瀬戸内レモン添え

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逃げるようにオーシャンを出て、広重は会社に戻った。
日報を書かなくてはいけないのでその作業が正直面倒だった。
１８時になると、少しずつ社員達は帰宅して行く。
広重は新規プロジェクトと担当店舗の書類をまとめていた。

「残業か？吉国は？」

チーフ以上の会議が終わって村瀬が話しかけてきた。

「もう少ししたら帰ります。吉国は帰ったんじゃないですか？午後は別行動だったので分かりません」

ぶっきらぼうに広重は村瀬に言う。

「なんだよ、機嫌悪いなー。吉国とのことまだ腹立ててんの？」

「ち、違いますよ！ちょっと今日は色々あって頭が疲れてるだけです」

ふーんと言う顔で村瀬は広重を見る。
広重の日報を見て、オーシャンに行ったことを村瀬は気がついた。

「貴彦のトコ行ったんだ。新春メニューの企画案ねぇ。今年のウニ案は俺が勧めたんだよね。結構人気だったよ」

ウニ企画が村瀬の案だと知り、広重はなんだか悔しかった。

「何か案出たか？」

村瀬に尋ねられ、悔しい気持ちのまま広重は首を振った。

「伊勢海老は却下されました」

広重が言うと村瀬はプッと吹き出した。

「そりゃ無理だよ。いくらスペシャルメニューっつったって。いくらすると思う？」

村瀬に笑われたのが本気で悔しかった。

「でも、そう言う自由な発想っていいんじゃない？何も出せなくて黙られるよりはさ」

けなされてるのか励まされてるのかもはや分からなかった。
村瀬には敵わなくても、貴彦に認めて欲しかった。

「次回までには食材と調理法考えていきます。他の店舗の宴会メニューも考えないといけないし」

「だね。コーヒーショップの件もあるし来月は忙しくなるぞ。今のうちに形にしとけよ」

村瀬の言葉に素直に頷いた。

「あのッ、オーシャンの担当じゃなくなって寂しいですか？」

広重の質問に村瀬はキョトンとする。

「なんで？」

「だって、オーシャンは村瀬さんが作った店じゃないですか」


本当は違うことが聞きたい。
きっとしょっちゅう鍵をかけて、ふたりの時間を過ごしていたのだろうから。
犬神さんとふたりで……。


「お前もコーヒーショップが成功したら思うさ。いつかはそのショップの担当を誰かに託す日が来るかもしれない。俺に今聞くより、自分で実際に体験してみろよ」

村瀬の答えに広重は自己嫌悪になった。
本当に聞きたかったことは別だったのに、村瀬が真剣に答えてくれて自分の浅はかな考えが恥ずかしい。

「……でも、吉国も半分関わってるからなぁ」

広重の言葉に村瀬は笑う。

「早く出世しろ。つまんねーこと気にする暇なくなるよ。じゃあな」

村瀬はデスクから鞄を取る。

「お先にー」

村瀬が帰る姿を見送ると、広重は続きの仕事をやっつけ始めた。