啓示~Luna e sole~

五嶋樒榴

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勝利

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夏至の頃、高卒認定試験の受験票が届き、いよいよ試験も後一ヶ月ちょっとになってきた。
もし科目合格なら後半の第2回目の試験があると思い、長谷川は正直焦ってはいなかった。
とにかく詩音には自信を持って試験に臨んで貰いたかった。
ほぼ毎日精力的に問題を解き、つまづいてしまうところは長谷川に丁寧に教えてもらった。
記憶する問題は、なにも問題なくこなしていたので、一番苦手な数学も、数多く問題を解くと、コツを掴んで間違いが減ってきた。
長谷川にしてみれば優秀な生徒である。
全体的に平均60点以上は毎回取れているので、よほど当日やらかさなければ全科目一発合格も夢ではないと思っていた。
「先生。もうすぐ学生は夏休みだね」
麦茶を飲みながら、詩音はリビングで勉強をしていた。
絨毯の上に座り、テーブルで問題集を熱心に解いている。
「うん。私も論文にじっくり取り組めるよ」
長谷川は詩音と向かい合わせでソファーに座っている。
「先生!僕、だいぶ1人でも答え間違えなくなってきたよ。先生が一生懸命教えてくれたからだ」
ニコニコして詩音は言う。その笑顔に長谷川は癒される。
久しぶりの平和な日常だと思った。
詩音がこの家に来てから色々あったが、それでもなんとかなったんだなと長谷川は思った。
今年試験が合格できれば、あと1年は、専門学校だろうと、大学だろうと受験の準備ができる。
調理師になるにしても、栄養士の資格も取らせたほうがいいかなと長谷川はまるで、親の気持ちになって詩音の進路を真剣に考えた。
「調理師になる考えは変わらないのかい?」
長谷川はふと自分が考えていたことを聞いてみた。
詩音はジッと長谷川を見つめる。
「……正直悩んでる。最初は調理師も良いと思ったんだ。でも、先生が倒れて少し気持ちが揺れてる」
自分が原因で、詩音に何か影響を与えてしまったのかと長谷川は不安になった。
「どんな風に?私はね、色々な道を考えるのもありだと思う。詩音は素直に人の話を聞ける子だ。でも私が何か悪影響を与えてしまったのかな?」
心配になって長谷川は尋ねる。
「違う。先生が僕に悪影響な訳ない。違うの。先生が倒れた時、本当に怖かったんだ。僕のせいで先生が死んじゃうって思った」
詩音が顔を下に向けて両手で顔を覆った。
「僕は先生と出会ってから、すごく幸せで、先生が大好きで。でも僕と暮らして、先生は本当は大変だったのかなって。胃潰瘍になったのだって、僕が原因だったのでしょ?だから、僕はもう先生に迷惑をかけないようにちゃんとした大人にならなきゃダメだって思ってる」
そのことと、将来と何が繋がるのか長谷川には理解できなかった。
「どうしたの?詩音。私は迷惑だなんて一度も思ったことはないよ?それよりも、私のそばに詩音がいてくれることが幸せなんだよ」
長谷川の言葉に詩音はにっこり笑う。
「僕ね、看護師になろうかと思ってる」
詩音の言葉に長谷川は驚いた。
「看護師?」
「うん。先生が倒れて、僕は何もできなかった。ただ倒れた先生のそばでオロオロして、来栖先生が助けに来てくれるまで、大切な先生に何もしてあげられなかったのが悔しかった」
唇を噛み締めて詩音は言う。
「詩音!そんなのは仕方ないことなんだよ!だいたいお前はまだ子供なんだし」
長谷川は必死になって否定した。詩音に重荷を負わせたくなかった。
「僕ね、看護師の仕事、大嫌いだった。母さんが看護師なのは話したよね。母さんが夜勤の時に僕は辛い思いをした。だから、母さんと同じ仕事をするのは嫌悪感があるんだ。でも、それよりも先生の方が大事なんだ。また、先生に何かあったら、僕はもう」
長谷川は立ち上がると詩音を抱きしめた。
「詩音!私はただの胃潰瘍だったんだよ!それだってもう治ったんだ!それにこの先、ちゃんと定期的に人間ドックも受けるから。だから、私のために自分の将来を決めなくて良いんだ!本当にやりたいことを見つけるんだ!」
詩音もギュッと長谷川を抱きしめる。
「怖かったの!先生を失うのが怖いの!僕の前から先生がいなくなったら、もう僕は生きていけないよ!」
自分が倒れたことで、こんなにも詩音を追い詰めてしまったんだと長谷川は辛くなった。
どうすれば詩音を精神的に癒せるのか、自分に何ができるのか、長谷川はどうすれば良いのか全くわからなかった。
「ごめんなさい!僕はこうして先生に甘えて困らせてばかりで。でも、どうしても先生が好き!修司さんが好き!」
詩音から名前を呼ばれて長谷川は動けなかった。
どうしても、長谷川と詩音の気持ちのズレは修正できないと思った。
求められても、どうしても詩音の望む形にはなれない。
分かっているのに詩音を離せない。
「詩音。詩音」
長谷川は気持ちを抑えきれずに詩音の唇に唇を重ねた。
詩音はしがみつきながらそのキスに応える。
激しいキスに舌が蠢く。長谷川が詩音の口の中で舌を絡ませる。
長谷川は唇を離すと詩音をきつく抱きしめた。
「修司、さん。嬉しい。僕、もっと、欲しい」
長谷川の腕の中で、詩音が長谷川のキスに痺れていた。
「すまない。これ以上は許してほしい」
いつもキスで寸止め。
それでも愛されている実感が詩音にはあった。
自分の恥ずかしい場所を知られずに愛されるのなら、キスだけで我慢するしかないと思った。
「じゃあ、毎日キスして。修司さんと、毎日抱きしめあってキスしたい。お願い。キスしてください」
詩音が長谷川に甘えるのが、長谷川も堪らなく愛おしい。
キスだけでも詩音が落ち着くのなら、自分だって、正直詩音とキスがしたいと長谷川は認めた。
「分かった。私も、詩音を抱きしめたい。キスがしたい。私はずるいから、その願望を隠して、ずっと詩音を遠ざけていた。認めるのが怖かった。でもお願いだ。それ以上は求めないでくれ」
初めて長谷川の本心が聞けた気がして詩音は嬉しかった。
長谷川が、ずっと自分とキスしたいほど愛してくれていたと知り、詩音の気持ちは温かくなった。

なぜ、こんなキスをしてしまう?
いつもそうだ。
詩音には聖職者のフリをしておきながら、いざキスをすると止められなくなる。
名前を呼ばれただけで、詩音の全てを愛してしまいたくなる。何かが私の中で弾けてしまっている。
先生と呼ばれていた時は、まだ自分を抑えることもできた。
詩音を自分の子供にしたいと思っているのも本心だが、本当の私は詩音に欲情しているのでは?
しかし、これ以上はダメだ。
私は詩音を大人にする責任がある。
キスをして抱きしめることは、お互いの精神の安定を維持するため。
愛するがゆえに傷つけないため。
決して私は詩音の肉体を欲しているわけではない。

長谷川は自分に言い聞かせると詩音を見つめる。
詩音は無邪気な笑顔で、長谷川に愛されている実感に目を輝かせている。
もう、離さないと詩音は長谷川に抱きつく。
「修司さん。愛してます」
長谷川は、もう全てから逃げられないと覚悟した。
そして、詩音を絶対に傷つけないと誓った。
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