啓示~Luna e sole~

五嶋樒榴

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渇望

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「でっけー胃潰瘍あったよ。ピロリ菌の検査もしたから、また検査結果聞きにこい。お前の年なら居てもおかしくない」
松本は笑いながら言う。
「癌ではないんだね?本当に胃潰瘍だよね?」
あまりに長谷川が深刻なので、松本は驚く。
「おいおい、どうしたよ。俺の診断疑うのか?」
長谷川は首を振って笑った。
「まだまだ死ねないからさ」
その言葉に松本が笑う。
「家族ができるとそんなものさ。血の繋がりがなくたって、あの子はお前の家族だろ?これからはちゃんと定期的に検査しろよ。大学の健康診断だけじゃダメだ。もう俺たちも立派な中年だからな」
松本に言われ長谷川も自覚した。守る家族のために、世の父親は頑張っているんだと思った。
診察室を出ると詩音が長椅子に座って待っていた。
「大丈夫。胃潰瘍だった」
詩音は複雑な顔をしている。
「僕が心配ばかりかけているせいだよね。僕が」
詩音の横に長谷川は座る。
「恐らくピロリ菌のせいだよ。詩音のせいじゃない」
長谷川は笑った。
「しばらくは胃に優しい、消化の良いものにするからね。だから早く元気になって」
必死な詩音が愛おしい。
「ねえ、詩音。いつか、私の……」
養子になってほしいと言う言葉を長谷川は飲んだ。
まだ子供の詩音に今そんな話を感情的に話すことではないと思ったからだ。
「なに?」
詩音はじっと長谷川を見つめる。
「いや、ちょっと思い違いをした。なんでもない」
長谷川はにっこり笑って言った。
詩音は長谷川が疲れてると思い、深くは追求しなかった。
検査の結果やはりピロリ菌が検出され、除菌薬を飲むことになった。
その後の検査でピロリ菌は除菌されたが、松本からはお説教をまたされ、長谷川は頭を掻きっぱなしだった。
今回のことで長谷川は思い知らされた。
詩音だけが今の長谷川の希望になっていた。
昔は、いつか真知子と結婚して、子供が欲しいと思った時もあった。
だが真知子の夢を長谷川は諦めさせるわけにはいかなかった。
彼女が彼女であるために、長谷川は身を引いた。
本当はずっと欲しかった子供。家族。
詩音が腕の中に入って来た時、やっと自分の幸せを手に入れたと思った。
ずっと望んでいたものが手の中にあると、失うのが本当に怖い。
これからも詩音を息子のように大事に育てたいと思った。
詩音は長谷川の体を気遣い、長谷川を困らせることをやめようと思っても、今回の病気は少なからずトラウマになった。また倒れたらどうしようとか、突然いなくなってしまったらどうしようかと。
長谷川に何かあって、手の届かない存在になる前に、やはり想いを遂げたいと思ってしまう。
しかし長谷川の体調が第一なので、長谷川が元気になるにはどうすれば良いか悩んだ。
栄養の本を読み漁り、胃に負担の少ない食事を心がけた。
来栖ともメールのやり取りをして、食事療法も勉強するようになった。
そんな来栖は長谷川が羨ましかった。
詩音に愛され大事にされている長谷川に嫉妬した。
自分があんなに詩音に慕われ愛されていたら、どんなにか良かったか思ってしまっていた。
詩音の温もりが忘れられなかった。
自分から一度だけと条件を出しておいて、自分の首を絞めたことが滑稽だった。
【詩音、今度また俺の部屋に来ないか?】
つい下心で来栖は誘ってしまった。
【ごめんなさい。先生が心配するから】
手の届かない詩音にジレンマを感じる来栖。
先日長谷川を診察した時も、詩音があまりにも長谷川を心配するので、嫉妬で長谷川に嫌な態度をしたと反省する反面、詩音を自分のものにしたいと思う願望に、頭がおかしくなりそうになる。
来栖も見えない呪縛に悩まされていた。
【そうだね。警戒させてしまったのならごめんよ】
誤魔化すように来栖はメールをした。
詩音にとって都合のいい男でも、頼られるのは本心で嬉しかった。
来栖とのメールを終え、来栖に対して失礼だったかなと詩音は反省した。
来栖の気持ちを知ってしまった以上、二人きりで会ってはいけないと思った。
「今日の豆乳のシチュー、明日はドリアかグラタンで食べたいな」
子供のように長谷川が言った。
「まだそんなに脂っこいものダメ。卵入れてカルボナーラ風にしてあげるから、それで我慢して」
まるで母親のような詩音。
「それも美味しそうだ。楽しみにしてる」
長谷川はそう言って風呂に入りに行った。
詩音はもうこれ以上望んではいけないと思いながらも、本当は長谷川の全てが欲しいと思ってしまう。
長谷川の入っている風呂の扉を開けた。
「詩音?」
長谷川はびっくりした。
「背中、流してあげるよ」
詩音が赤面して言う。
「じゃあ、頼もうかな」
長谷川が湯船から出てきた。なんの躊躇いもなく長谷川は前を隠さず出てきた。詩音はつい長谷川のを見てしまう。
そして、前に背中を流してあげた時より痩せた長谷川の身体が痛々しい。
「僕が絶対先生の身体、前みたいな健康な身体に戻すから」
背中を洗いながら詩音は言う。
「ありがとう」
長谷川はそれだけ言うと、詩音の優しさに心の中で泣いた。
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