啓示~Luna e sole~

五嶋樒榴

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青春

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日曜日になり、今夜こそステーキを食べに行く約束が果たせそうだった。
詩音が水族館に行きたがったので、昼間は水族館に出かけた。
クラゲの大群や魚の泳ぎを見たり、とても詩音は楽しんだ。
「小学生の時に水族館に遠足に行ったんだ。初めて見たとき、水族館て綺麗だと思った。暗いのに、水槽は光って、青くて。海外の海の中にいるみたいで好きになった。見て、先生。チンアナゴだ」
にょきにょき生えているようなチンアナゴを詩音は面白がって見ている。
「連れてきてくれてありがとう」
満面の笑みで詩音は言う。
その顔を見て長谷川は反省した。
もっと色々な所に連れて行ってあげようと思った。詩音はまだこう言う場所に喜ぶ子供だと言うことを忘れていた。
出口に写真が貼ってあった。入り口で撮った写真が記念に買えるのだ。長谷川は迷うことなく写真を買った。
お土産の買えるショップにも立ち寄る。
長谷川は何が欲しいか聞くと、詩音はクジラのボールペンとイルカのシャープペンシルを買った。
「これで勉強したら、試験受かりそう」
笑顔で詩音は言う。詩音の採点をたまに長谷川もしているが、高卒認定試験は受かると長谷川は思っていた。しかしあえてそれは言わず、頑張る姿を応援していた。
正直詩音が飲み込みの早い賢い子供だと思っていなかったので、来年受かれば良いと思っていたが、うまくいけば今年全科目合格ができるのではと思っている。
赤坂まで出ると、長谷川が仕事でたまに使っていた鉄板焼きの店に入った。
松阪牛のコースを予約していたので、目の前でパフォーマンスは始まった。
霜降りのステーキが鉄板の上でみるみる美味しそうに焼き上げられた。
「本日は伊豆のわさびと、沖縄の塩です」
詩音はこんな場所で食べるのは初めてなので緊張した。
長谷川はそんなぎこちない詩音をグラスビールを飲みながら愛おしく見つめた。
締めのガーリックライスとデザートのシャーベットを食べると二人とも大満足で店を出た。
「すごく美味しかったよ。先生、ご馳走さま」
満足げな笑顔に長谷川も嬉しかった。
「今日のデートは百点満点!連れてきてくれて本当にありがとう」
素直な反応に可愛さが募る。
「手、繋ぐ?」
長谷川の言葉に詩音は驚く。
「デートなんだろ?」
詩音は周りを気にする。
「大丈夫」
長谷川が言うと詩音は長谷川の手を握った。長谷川は優しい顔をした。
二人は手を繋いで歩いた。
「先生ってズルい。優しい時はとことん優しくて、でもいざとなると冷たい」
膨れっ面の詩音。
「おいおい、冷たいはないだろ」
苦笑する長谷川。
「分かってる。本当はいつも優しい。僕がされて嬉しいことも分かってしてくれてることも。僕がわがままを言ってるのも分かってる。でもね、たまに辛くなる。先生が許してくれるのはキスまでだから。それだって、してくれる理由が必要で、自由にできない」
繋ぐ手に詩音は力が入る。長谷川はその力を感じる。
「詩音。身体を繋げるだけなら簡単なんだよ。でも愛情があるとできないこともあるんだ」
長谷川の言葉に詩音は長谷川を見る。 
「僕のこと好き?」
詩音の問いに長谷川は詩音の頭を撫でる。
「好きだけど、それは恋とは違う愛情だよ。詩音は嫌がるかもしれないけどね」
詩音は俯く。
「いいよ。今はまだ僕は子供だもん。でも大人になったら僕を好きにさせる」
前にも詩音に言われたなと長谷川は思い出した。
あと数年で詩音も大人になる。その時長谷川との関係がどうなっているのか考えると、長谷川は寂しかった。
そして今回の同窓会で自分の青春時代を思い出した時、詩音には何も思い出がないことに気がついた。
中学時代だって、詩音は地獄だったろうと思うと不憫でならない。
「あっ!」
長谷川は詩音を見た。
「な、なに?」
急に長谷川が大声を出すので詩音はびっくりした。
「住民票が必要だったんだ!高卒認定試験に!」
詩音の中学時代の事を考えていたら急に思い浮かんだ。
今の詩音に本人確認が取れるものは何もない。
「……詩音、お母さんに連絡取れないかい?本籍が載っている住民票を取ってもらえない?あと、健康保険証も。今まではなんとかなったけど、病気したら大変だから」
長谷川に言われ詩音は頷く。
「……分かった。嫌だけど、電話する」
詩音はスマホを出すと、母親の電話番号をアドレスから出して電話をかける。
何度かコールをして、知らない番号だったので、怪訝そうな声で母親は電話に出た。
「もしもし、詩音だけど」
詩音の声に母親は驚く、
『あんた、元気なの?』
久しぶりに聞く母親の声に詩音は苦しくなる。
「元気。お願い。住民票が欲しいんだ。僕、試験を受けるんだけど、本籍の載った住民票が必要なんだ。あと、健康保険証も欲しい」
母親は考えている。
『分かったわ。あと、欲しいものある?お金は?住民票は取ってどうすればいい?どこに送れば良いの?』
詩音は長谷川を見た。長谷川の家を知られたらまずいと思ったからだ。
「そっちに取りに行くよ。母さんは会いたくないだろうから、家のポストに入れておいて。ちゃんと生きていくには、身分証が無いとダメだって知ったよ。この一年、なんとかなったけど、僕もちゃんと生きていきたいんだ」
詩音の言葉に母親は泣いている。
『ごめんね、詩音。辛かったよね。でもね、あたしもあの人がいないとダメなんだ』
聞きたくないと詩音は思った。いくら謝られてももう遅い。
「……もういいよ。いつ行けば良い?」
『明後日夜勤だから、夜勤前に取っておくよ。夕方取りにおいで。あの人も私が夜勤の日は外に行っていないから』
母親なりの気の使い方だったのだろう。
そして詩音がいなくなってからは、母親の夜勤の日、あの男はきっと外で遊んでるんだと思った。
それでも離れられない母親が哀れに思えた。
「分かった。準備できたらこの番号に連絡して。じゃあ」
電話を切ると詩音はため息を吐いた。
「明後日の夕方取ってくるよ。夜勤で母さんも男もいないって」
暗い顔の詩音に長谷川は言った。
「私も一緒に行くよ。詩音の家はどこなの?」
長谷川はそんな事も知らなかったと思った。
「山梨だよ」
長谷川はそれを聞くと、火曜日の午後の講義は全て休講にした。とても詩音一人で行かせるわけに行かなかった。
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