啓示~Luna e sole~

五嶋樒榴

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秘密

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来栖がベッドに横になっていると、詩音がシャワーを浴びて出てきた。
「詩音。大丈夫?」
来栖の方が逆にぐったりしていて詩音は笑った。
「大丈夫。先生が優しかったから」
笑顔で詩音が言って、来栖はときめいた。起き上がって詩音にキスをしようとすると、詩音はするりとかわした。
「今日は僕のワガママ聞いてこんなことまで付き合ってくれてありがとう。これで少しは落ち着いた」
詩音が帰り支度をしている。
「詩音。泊まっていく?」
来栖の言葉に詩音は首を振った。
来栖は背後から詩音を抱きしめる。
「帰したくないと言ったら?」
詩音は回された腕を掴む。
「先生言ったでしょ?一度だけなら良いって」
来栖がさっき言ったことを詩音は言った。
「こんなこと、最初で最期の方が良いよ」 
来栖は抱きしめたまま、何も言わない。
「……送ろうか?それとも迎えにきてもらう?」
自分で言って、来栖は切なくなった。本当は長谷川の元に返すのが嫌だった。
「一人でタクシーで帰るよ。ありがとう、先生」
詩音は来栖から離れた。来栖も諦めた。
「タクシー呼ぶよ」
来栖は詩音を離したくなかった。でもそれは無理なのは分かっている。
行為の最中、詩音は一度もキスをさせてくれなかった。さっきも逃げられた。
どうしてかは分からないが、唇だけは許してくれなかった。
長谷川の為かと思うと、来栖は胸が痛む。
「もしまた何かあれば連絡して。この部屋に来ても良いよ」
詩音は来栖から渡されたメモを財布に入れると、来栖の部屋を出た。
タクシーはもうマンションの下で待っていた。
詩音がタクシーを乗るのを見送って来栖はため息を吐いた。そして、長谷川に今詩音がタクシーに乗ったことを電話で告げる。長谷川はお礼だけ言ってお互い電話を切った。来栖は腕の中の温もりを思い出していた。
詩音が家に着いたのはもう12時を過ぎていた。タクシー代が足りなかったので、詩音は家に入ると長谷川に残りを払ってもらった。長谷川は帰ってきたので本当に安心した。帰ってくるか心配していた。
居間で落ち着くと詩音は長谷川に抱きついた。長谷川はいつもの詩音でホッとした。
「心配したよ」
長谷川が抱きしめながら、詩音の髪を撫でる。少し髪の毛が湿っていて長谷川はギクリとした。
嗅ぎ慣れないボディソープの匂い。
「来栖先生の部屋でシャワー借りてきたから、もう寝る」
長谷川は、詩音が遅くなった理由や、来栖からシャワーを借りた意味が分からなかったが、無事帰ってきてホッとした。
詩音はベッドの中で来栖を思い出していた。
来栖が自分に対して好意を持っていたことを知って、なんであんなことをしてしまったのか後悔した。自分の思いが長谷川に届かないように、来栖の思いも受け入れられない。
「これが最後。もうしない」
詩音はそう言い聞かせた。
長谷川が隣に入ってきた。詩音が反対側に横を向いていて顔が見えないので、起きてるのか眠っているのか長谷川には分からない。
「おやすみ」
長谷川はそれだけ声をかけた。
長谷川の声を聞いて、詩音はぎゅっと目を瞑った。 
詩音と長谷川の間に、目には見えない壁が出来ていた。その壁を破る術を、今の詩音にはない。
壁を作ったのが詩音、本人だから。
朝はいつも通り詩音が朝食を作ってくれるが、なんだか昨夜帰ってから詩音と距離が出来ていた。
長谷川はまだ真知子のことを怒っているのかと思ったが、怒っている感じではない。
ただなんとなく隔たりを感じる。
「ステーキ食べにいく件だけど、携帯も買うけど、洋服も買いに行くか。最近、背が伸びてきたんじゃないか?前に何着か買ったけど、ジーパンは買い足さないと裾が短いし」
長谷川は会話を作ろうと気を使った。
「うん」
詩音は返事だけ。
「どうした?来栖先生と何かあったか?」
長谷川の問いに詩音は首を振る。
「ううん。ただご飯食べて、来栖先生の家で話をして来ただけだよ」
それだけでシャワーまで浴びてくるのは引っかかったが、まさか来栖とそんな関係になったとは流石に長谷川も考えなかった。
「ジーパンだけでも、今日買いに行くか?早く帰れると思うし」
長谷川はまた話を戻した。
「うん」
詩音はまたそれだけ。反応が薄くて、長谷川もどうして良いか分からない。
「とりあえず6時に駅で待ち合わせしよう」
長谷川と約束すると、詩音はまた頷くだけだった。
渋谷まで出て詩音が好きそうな店に入る。ジーパンを2本とシャツを2枚買った。
夕飯はもう詩音が準備して来たというので、買い物だけにした。
携帯会社にも寄り、携帯も買う。詩音はすぐに長谷川の登録をした。
「先生、ありがとう」
今日初めての笑顔。やっぱり詩音は笑顔が可愛いと長谷川は思った。
家に着いて作っておいたハンバーグと味噌汁をあっためると、サラダまで作り出した。
「僕ね、認定試験に合格したら専門学校行きたい」
詩音が初めて将来を語り、長谷川は驚いた。
「なんの専門学校?」
興味津々に長谷川は聞く。
「調理師。毎日ご飯作って思ったの。手に職をつけられるし」
照れながら詩音は言う。
「良いじゃない。詩音はきっと良い料理人になれると思うよ」
長谷川も賛成した。詩音も満足そうに笑う。
無限の可能性があるのだから、まずは興味を持ったものから始めても良いと長谷川は思った。
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