優しいあなたは罪な人

その罪を許せるか許せないか

７

学校がある駅の、一駅先の居酒屋に裕介が到着するともう綾奈が来ていた。

「お疲れ様。あれ？吉村先生は？」

「あー、仕事が片付かないみたいです。遅れるって」

綾奈はスマホを見て裕介に告げると、スマホをバッグの中にしまった。

「そうなんだ。じゃあ先に軽く飲もうか」

裕介はメニューに手を伸ばす。

「菊石先生、何にします？」

「最初はビールで良いです」

裕介は手をあげて店員を呼ぶ。

「生中二つと、これとこれ。菊石先生は？」

「じゃあ、唐揚げを」

ビールが運ばれると、裕介と綾奈は乾杯した。
料理も運ばれて３０分以上が経ち、裕介は腕時計を見る。

「吉村先生遅いね。何か連絡ないですか？」

裕介が尋ねると綾奈はバッグからスマホを出す。

「……すみません」

画面を見ながら綾奈は言う。

「ん？何か来てた？」

「……違うんです。吉村先生は来ません。初めから志田先生しか誘ってないから」

「え？」

しばしの沈黙後、裕介はため息をついた。


　「なぜ、そんな嘘を」


と言い掛けて裕介は口を閉じた。
このシュチュエーションで、聞くまでもないと分かった。

「すみません！私、どうしても志田先生と二人で会いたくて。志田先生はもう、その、自由だし、別に私と二人で会っても問題ないと思って」
　
「問題あるよ。同じ学校の同僚で、バツイチの僕が独身の若い先生と二人きりなんて、誰かに見られたら誤解されるでしょ」

裕介は参ったなと思った。
そして軽率だったと後悔する。

「私と誤解されたら迷惑ですか？」

「そう言う問題ではないよ。僕を先輩教師として頼りにしてくれるのは嬉しいけど、嘘をついてまで二人で会うとか、そう言うことはして欲しくなかった」

「正直に誘っても来てくれないじゃないですか。私、志田先生が好きです」

積極的な綾奈に裕介は困った顔をする。

「すみません。そう言う気持ちは、正直困ります。僕はまだ、前の妻のことで頭が一杯なんだ。他を考える余裕はないです」

「だから、他に目が行く前に私を意識して欲しいんです。もし前の奥さんを忘れたら、次は私のこと、考えてくれませんか？」

グイグイ来る綾奈に、裕介は心の中でため息が出る。

「菊石先生は可愛いし、他の独身の先生にも人気あるし、何もバツイチの僕の相手をする必要はないでしょ」

やんわりと裕介は綾奈の気持ちを断るが、綾奈は泣きそうな顔で裕介を見る。

「志田先生が良いんです。初めて会った時から気になって、でもその時にはもう奥さんと付き合っていたし、結婚もしてるんだから諦めようと思ったけど、でも、今ならそれも問題ないですよね。だからバツイチとかどうでも良いんです。知り合う順番が遅かっただけだから」

順番が違えば、自分が裕介と付き合えたと綾奈は思っていた。

「菊石先生が先に知り合っていても、きっと僕は菊石先生と付き合っていません。んー、きっとは言い過ぎたかな」

確かに綾奈は可愛いし、積極的で男が放っておくタイプではないが、裕介は魅力を感じてはいない。あくまでも同僚目線でしか見ていない。

「僕は菊石先生を同僚以上には見れない。それはこの先も変わらない」

キツい言い方だと思ったが、それが綾奈のためだと思った。
期待を持たせたくなかった。

「……今夜だけは、付き合ってください。それで諦めます」

本当かどうか疑問だったが、今夜はもう傷付けてはいけないと裕介も思った。

「分かりました。じゃあ、２１時までね」

笑顔で裕介が言うと、綾奈は涙を溜めた目で頷いた。
綾奈を見て、この先綾奈からアプローチされても、もうきっぱりと跳ね除けようと思った。