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シチ

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美都子が亡くなったのは、季節が冬に入った頃だった。
流石に六代目政龍組組長の妻の葬儀は、歴代の組長の時と引けを取らず厳戒態勢の中盛大に行われた。

「組長」

ヤスが鷹雄に耳打ちした。
鷹雄はヤスが示した方向に目を向ける。
葬儀に一彦と共に、赤ん坊を抱く摂子もいて、鷹雄はびっくりして摂子を見つめた。
美都子の死を、一彦は身内なのだから知って当然なのは分かるが、摂子が同伴していた事に胸が騒ついた。
摂子も鷹雄に気が付き、一彦から離れて鷹雄に歩を進めた。

「摂子」

目の前の摂子に鷹雄は釘付けになる。

「……この度はご愁傷様です。まさか美都子さんが、こんなに早く亡くなるなんて思ってもいませんでした」

久しぶりに聞く摂子の声、久しぶりに見る摂子の姿に、鷹雄は不謹慎ながら摂子を抱きしめたい衝動に駆られた。

「子供が産まれたのか?」

摂子が胸に抱く赤ん坊を鷹雄は見詰める。
産着に包まれ、小さく弱々しい姿に、鷹雄は恐る恐る指を近づけた。
指先に触れた、柔らかな頬のふにゃっとした感触。

「どうしていたんだ?突然姿を消して、どれほど探したか」

「ごめんなさい。鷹雄さんとの結婚を夢見ていたけど、やっぱり怖くなってしまったの」

それが本当の理由でないと、鷹雄は赤ん坊を見つめながら思った。
この子を守るために、摂子は姿を消したのだと。
そして自分は結局、最後まで摂子を守ることができなかったと。

「……鷹雄さんの元から離れて、神戸に移って一彦さんのお世話になって、そしてこの子が産まれたんです」

摂子は一彦の子供のように嘘をつくが、鷹雄は目の前にいる赤ん坊が、紛れもなく自分の子だと確信して愛おしそうに見つめる。
目元が鷹雄にそっくりだった。

「子供の名前は?女の子だな」

「ええ。夢子です」

鷹雄は今すぐにでも、夢子を腕の中に抱きしめたかった。
本気で愛した、生涯をかけて守ると決めた女との愛しい我が子。

「鷹雄さん。私、今、幸せです。一彦さんと、これからも幸せになります」

摂子の凛とした笑顔に、母となり強くなったと鷹雄は思った。
結局摂子を、そして子供を守れなかった自分は、もうこれ以上摂子の側にいる資格がないと思うしかなかった。

「だから言ったろ。いつか惚れた男の子供を産むって。これからもずっと幸せにな」

鷹雄はそう言って笑った。
その笑顔に、摂子は胸が苦しく締め付けられる。
鷹雄の前から逃げた自分は、もう鷹雄の腕の中には戻れない。

「鷹雄さんも、この先もお元気で」

摂子はそう言って頭を下げると、一彦の元に戻った。
鷹雄は寄り添い歩く二人の姿を見つめる。
遠くなっていく二人を見送りながら、幸せになれ。と呟いた。
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