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~6話~

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「お疲れさまでございます。」

ウェスさんが、にこっと微笑んでタオルでくるんでくれる。

ふかふかなタオル。タオルの肌に触れる清潔な感触に癒されほっと一息ついた。


大判なタオルにくるまると、すっぽりと膝まで包まれて、そのまま藤の椅子に腰掛け、濡れた髪を拭かれて乾かされていく。

しっとりとしたまま、サラサラになるのは香油をつけて丁寧に櫛梳ってくれるおかげ。

手足にもハーブで作ったハーブ水で水分を補われ、さらに香油を塗り込められてしっとりつるつるだ。

前をタオルで隠したまま、背中も全部磨き上げられる。


「エミーリア様?前を開けますね?」

高めの声のウェスさんが男の子だなんてやっぱり思えないよ...こんなに可愛いのに。

くるんとした巻き毛の、艶やかな光の輪が見える襟足の所で切り揃えられた短めの黒髪。

明るめの茶色い瞳...琥珀みたいに透明度の高いキラキラしたパッチリとした目は愛らしいし、私より少しだけ高い身長だけど、これくらいなら女の子の平均だと思う。

あ、従士にも女性が居るのかもしれない!

もしそうなら納得だ。


「ウェスさん、皆さんの他にも従士の方っているんですか?」

何の気なしに問いかけてみると、鏡の向こうでウェスさんは大きな目を見開いてから、あっという間にうるうると潤ませて、


「?エミーリア様、それは僕ら以外にも召し上げられるという意味?僕、何かエミーリア様に失礼なこと、しました...?」

と、悲しげに睫毛を伏せる。

待って!お願い待って!こんな悲しい寂しい顔させるつもりは全くないのです!!


「にゃや!!違いますっ違いますっ!他にも女の子っているのかなぁって!何人くらいいるのかなぁって!それだけです。私の御付きは皆さんがいいです!」

慌てすぎて、妙な鳴き声っぽい声が出ました...。

もう不甲斐ない聖女でごめんなさい...。


「ふふふエミーリア様、冗談ですよー? そうですねぇ、今の従士隊には女の子はいないですよ。居たらいいんですけどね。

聖騎士団には、確か3人?居たと記憶してます。お一人は今、北方国境を護って纏めてますよ。僕のお師匠様です。」


くすくすと笑いながら、さぁお着替えできないから前を開けますよ?とタオルに手をかけてくるウェスさん...。

この答え方では、ウェスさん以外には女の子がいないのか、完全に女の子がいない、イコールウェスさんも男性...なのかが判りにくい。

判りにくいけども、再び聞き返すよりも、今はタオルを死守したい!


みっともないから胸を見られるのはホントにホントにヤなんですよぅぅーっ

ぎゅぅっとタオルを思わず握りしめてしまうのは、仕方ないと思います。


「もうもうもうッこれは一人で出来ますから~!!」


「ふふふ、しょーがないなぁ。エミーリア様、ノースにも言われたでしょ?僕らは貴女のお世話の全てをしてるんですよ。体調管理も、僕らの仕事です。肌の調子で体調がわかるんですよ。知ってました?」


「え?本当ですか?肌で?」


へー!凄いです。って、尊敬の眼差しで鏡の中のウェスさんを見ると、ウェスさんがニヤッと笑ってからタオルを剥ぎ取られるまで、数秒の出来事だった。

ちょっ...!!騙された?!肌関係ないの?もしかして!?


「今日はローズマリーとペパーミント、ローズの収斂化粧水作って来たんで、それ使わせてくださいね。あとでお聞かせしましょうか?どこかの国の昔話つきの伝説の化粧水なんですよ。

あ、それと、僕とノースで担当する事に成った聖殿閨儀の時のお披露目のドレスの着付け。ドレスが出来てきたので、気付けの練習がてら、今から着て貰いますからね~。」


てきぱきと肌に化粧水を叩き込まれ、香油で潤されて、椅子から立たされる。


胸見ながら、おっきいな...って呟いたの聞こえてますからねって泣きたくなるけど。

あっという間にドレスワンピースを充てられる頃には、ノースさんがいつの間にか後ろにいて、髪を纏め結い上げている最中だった。


白い生地にうっすらとグラデーションになるように濃淡のある銀の糸で刺繍されている花々と、それを繋ぐ蔦葉の緻密な意匠。腰から下は、花びらが重なる様に幾重にも透ける程薄い絹地が下がり、溜め息が出るほどに美しいドレープ。

腰から上は、体にぴったりとフィットさせる様にくるりと腰に巻き付けられ、前で交錯する布にそのまま胸を持ち上げながら、首の後ろで大きな蝶の様に結ばれて、背中は大きく開いている。

キラキラと光を放ちながら透明に時折輝くのは、多分これ...物凄く高価なダイヤモンドという宝石ではないかと思うんですけど...?

その輝く小さな宝石が花片の部分や、葉の部分にまるで水滴のようにあしらわれていて


可愛いけど素敵だけど


正直...


「似合わないような...気がします...」


随分大人っぽくて、凄く凝ったドレスに、畏縮してしまう。


ちょっと俯いてしまう私の顎の先をくいっと持ち上げられて、ウェスさんと見つめあう。

にこっと微笑んでウェスさんが私の頬を軽くつんッとつつくと、スカート部分をふわりと広げながら、うんうんと何度も頷いて「すっごく可愛いですよ、エミーリア様。花の細工も、この薔薇の花みたいな重なるスカートもエミーリア様っぽい!可愛い可愛い。うんうん。

さすが教皇ですね!教皇がデザインしてくださったらしいですよ、このお衣装は。」


さらりと満面の笑みでなんて恐ろしい事を!畏れ多いことを!!!ウェスさんったら恐ろしいこ!


教皇様...この国の第二皇子で、さらに政の全てを執り行うと言われている。

神殿のトップでいらっしゃる【数万年に一人しか現れないだろう天才】というの噂の皇子様。

殆どの公務はこの第二皇子がなさっていて、数年前から第一皇子様は、実は現在異国への留学中で、あと数年後にならなければ帰国しないという噂もある。

それとは逆に、実は生まれたときから病弱で自室から出てこないという噂もある。

要は、姿をここ数年まるで見せず、公務に出ていらしていない、という事。

どちらにしても、表に出ているのは第二皇子様。

謎の多い第一皇子と有能すぎる第二皇子の話は、ゴシップ雑誌にときどきシルエット画で特集が組まれていた。肖像画を載せるのは不敬に当たるのでシルエットなのだと近所の髪結い処のマダムが訳知り顔に教えてくれたものだ。


「ああ、確かに教皇様が聖女降臨を喜ばれ、お披露目である聖殿閨儀への道程のパレードで是非ともエスコートされたい、と申されてると聞き及んでおります。」

巻き上げた髪の毛の後ろに簪をあしらいながら、ノースさんが平淡な声で告げてくる内容が更に畏れ多すぎて、思わず石のように固くなってしまう。


「他にも大臣や、公爵家、伯爵家等も、あと軍部から将軍もパレードでエスコートしたいとの申し出もございます。聖騎士団からも団長と副団長が聖女様の後ろで聖剣と聖槍を掲げるお役目を賜っていると聞き及んでおります。」


それって商店街の上役や町会長より当然偉いんですよねぇぇぇ...遠い目で『ああ、草原で寝転んで流れる雲を眺めていたい』とか願ってしまうのは仕方がないと思うんです。


鏡に映る姿をもう一度見る。

首もとで結わえた布が大きな蝶の様。

開いた背中にひらひらと垂れ下がる布先も、こそばゆいと言うかもう、白銀の美しいドレスに物怖じしてしまう。

軽く腰を捻ってみると、腰の辺りからはお尻が見えそうで見えないけど...スカートの布の重なる切れ間から、お尻が見えそう...。いや、これ見えるよね?!チラッとだけど動くと見えるよね?!

......際どいデザインのドレスだ。

断るのは多分無理なんだとも理解はするけれど...。

こんな凄いドレスを着て、物語りの世界の様な貴族様や将軍様や、挙げ句...皇子様だとか...存在こそ知っているけれども雲の上の人というか、存在が私の中では希薄というか...私にとって現実感がない人達に聖女だからって傅かれるの?跪かれるの?


一気に緊張感が増してくる。

あまりにも違う世界の人達に一気に近づいてしまったのだということや、聖女としての存在意義。



ふわり

肩が温かい。

背中からノースさんが私の肩を抱き締めていた。

ガチガチに緊張して強張った体を、抱き締めたまま撫でてくれて

「大丈夫です。エミーリア様。貴女様には私が...我々従士が付いております。」


鏡に映る相変わらずの無表情なノースさんや、柔らかな表情のウェスさんが、力強く笑ってくれる。

拙い聖女だけど、まだ全然実感のない聖女だけど、確りしなくちゃ...と思う。

そのためにもまずは、勉強だ。

「そうですね...頑張ります!ノースさんたちの期待にも応えたいです。」

小さく拳に力を込めて見せると、ウェスさんに笑われる。「エミーリア様のパンチだとへなちょこの未来しか見えませんね?」だって。

酷いな!結構力強いんですよ?私。



このままの衣装でいて欲しいと二人に言われたが、汚したらと思うと畏れ多過ぎて生きた心地がしないので、他のワンピースを用意してもらう。

今日は初めて先生がいらっしゃるのだからと、なるべく勉強しやすい様にしてくださいとお願いした。

肩が出てたりおへそが出てたりする様な、『この服はどこから持ってきたの?』と思うようなチョイスをノースさんはたまにやるのだ。

万能なノースさんだが、洋服の好みは私とはかけ離れている様だ。

なので、希望をはっきりと伝えてみた。


届いたのは、白いセーラーカラーのワンピース。セーラーカラーは可愛い。可愛いが、離宮って、白しかダメなのかしら...?


「ウェスさん...離宮って、カラーコードでもあるんですか?」と髪の毛のセットをし直してくれているウェスさんに聞いてみた。

「え?ないですよ。エミーリア様専用の衣装部屋には、36色以上のお色でお衣装揃えてますからエミーリア様のお好きなお色でご用意できますよ。」


...私白しかここで着たことないんですけど...


白はノースさんの趣味だと言うことですね...。

そして私にそんなに服は要らないですよ?!



その後、なんとか勉強の時には紺色や茶色がインクが跳ねても慌てなくて済みますと頼み込んで替えて貰った。何度も着替えるのも申し訳ないけど、白って透けそうで嫌なんだ。特別な時には白も素敵だと思う。でも普段は汚れてもいいように出来ればエプロンもお願いしたい位、私は芯からごく普通の町娘なのだ。


お家にいた頃は、朝からエプロンを着けて簡単な家事や家業を手伝うのが当たり前だった。学校から帰ってきたら、やっぱりすぐにエプロン着けてた。

御近所さんの女の子は皆そうだったし、エプロンって便利なのよね...ポケット大きいし。


お使いに行くと、帰りには神父さまが大体聖殿の前の辺りで箒で道を掃いてらして、挨拶をすると『エミーリアお手伝いですか?偉いですね。ご褒美にキャンディーを差し上げましょう』なんて誉めてくださって、内緒ですよ?なんて飴を貰ったりした時に大活躍だった。

あの素敵な紳士の神父さまと結ばれたんだ...。

神父さま...ううん。テセウスさまにとって恥ずかしくない聖女にならなくちゃ。

頑張ります!


部屋に戻ったらすぐに、昨夜テセウスさまが届けて下さった教本で予習をしようと決意した。

そう言えばまだ教本その物を見ていないもの。あんな事があったから...昨日の夜から朝にかけては、テセウスさまのお顔だとかお身体ばかり見ていた気がする...。


はぅぅッ恥ずかしい...!!


思い出し悶絶してる私をまた、ノースさんがお姫様抱っこで移動。何度も降ろしてと断ったけれども、何故か歩くのは駄目だと危険だと言い含められつつ、結局抱き上げられたまま部屋に戻った。

昨日までは歩いてましたよ...って呟いたのにそれにはお返事を貰えなかったのは何ででしょうか...。




無事部屋に入り、ホッと溜め息が洩れる。

ノースさんがいきなり物凄く過保護ですよね?

『聖女様が歩くなんてとんでもない』なんて極々平然としたままの顔で言われるとは思わなかった。

相変わらずの無表情ながら、それでもどうにか感情の動きがたまーに読み取れる様になってきた気がしたけど、気がしただけかもしれない。

何を考えているのかさっぱり解らない。


とりあえず室内履きを履いてから、なるべくベットは視界に入れない様にしながら、文机の傍に行く。

昨日まで写本していた古めかしく大きな教典ではなく、真新しい教本が3冊、机の上の小さな棚に修められていた。

小さな花瓶には菫の花と鈴蘭が2輪活けられていて、もしかしなくても、このお花はテセウスさまが置いてくれたのだと直感する。

嬉しい...。


指先でちょん、と花びらに触れてから椅子に座って教本をパラパラと捲る。

1冊目はこの国の歴史と聖女の歴史。あと他国の聖女の話も載っている様だ。字が多い。


2冊目は礼儀や行儀、色々な作法の様だ。巻末には社交ダンスの手順だとか御簾越しの会話術なんて言うものも載っている。御簾越しって...どんな状態なの?私にそれって関係あるのかな?..。あ、扇子の効果的な使い方ってのもある。扇子って熱いときに扇ぐ...涼を取る物じゃなかったかな...?顔の隠し方って...なんだそりゃ?

人の顔を見てお話ししなさいってお父さんは煩かったんだけれども...。うーん。これは階級的なギャップなのかな?



最後に3冊目を開いて、思わず凍りつく。



3冊目は...なんというか...一人でする方法だとか...きゃあぁ...これ...フェラチオっていうんだ...。おちんぽをペロペロキャンディーの様に舐めしゃぶる方法だとか...思わず教本を取り落としてしまう程、濃厚な教本だった。


え?!これ、教本?!!私にこれ必要なの?!


恐る恐る、机に落とした物を再び開き直した。


確かに神々のお近くに行った時に聖女の役割とか、生命の源がどれだけ神々にとって大切で、人の愛の営みが神々に届いて、国を、世界を創るんだと知ったばかりではあるけれど。


だって、これ...複数人とかは、覚えてはいないけど、神々のお近くで見た記憶としても...まぁ...やってしまった後なので、致し方無いと容認したとしても。

おお!おっぱいで挟むなんて方法もあるのね...これ...出来そう私...。

ちょっとだけテセウスさまのを挟んでいる自分を想像して、赤面する。

なんとなく空咳をして、ページを捲る。


何故ロープで縛る?!なんで男根の形の玩具が必要なの?!え?乳首挟むの?!痛いじゃない!

あ、これは上級編って書いてある。

よかった。私初心者だもの。見なかった事にしよう。

次のページを開いて、色々な体勢の男女が載っていた。

体位っていうのかぁ...へー...。


思わずゴクリ...と喉が鳴る。

うっわ、顔熱い...。片手でパタパタ扇ぎながら完全に興味本意で読み耽った。

ドキドキしながら、キスの仕方を読む。

きゃあ、これ昨夜テセウスさまにしていただいたキスだぁ...なんて思い出して、机の前で足が勝手にじたばたする。


「もうッ、もうもうもうッ!恥ずかしいです!このご本!」

「そのわりにじっくり読んでらしたようですね。」


笑いを含んだ知らない声に、反射的に振り返った。

口元を上品に拳で隠しながら笑っている見知らぬ男性と、扉付近できっちりと真っ直ぐに姿勢のいいノースさんとサウスさん。


サウスさんの表情がいたたまれない何かを伝えてくるので、更に赤面してしまうのが判る。


「ノックをしたのですがエミーリア様は余程集中なさってらしたのか、お返事がないままでしたので。Mr.ゾイド コンラッド先生をお連れいたしました。」

ノースさんの平淡な言葉に更に顔が赤くなる。


「あっあっの!しつれ...」

「はい、ダメですよ聖女エミーリア。身分の低い者よりも先に言葉を発してはなりません。減点1です。」

にこっ...と微笑みながら、スッと差し出した人差し指で私の唇を押さえ、コンラッド先生が私の言葉を遮る。


「聖女として御降臨なさったのです。貴女様は現人神。どんな王族であろうとも貴女様の足許にすら及ばないのですよ。

では、改めまして。

ゾイド コンラッドと申します。聖殿閨儀までの間、聖女エミーリア様の教育係を仰せつかりました。三ヶ月程しかありませんので日々精進されますように厳しく指導させていただきます。」


スッと流れるように床に跪き、右手を軽く握り、左胸へと充てるコンラッド先生。

これは以前にノースさん達従士隊の4人と出会った時にも、こうした挨拶をしていただいた。

返礼の仕方はテセウスさまに教えて頂いている。


私の左手を垂れた頭頂部へと翳して、祝福するのだ。それが形式的なものなのでそれでいいと仰っていたのを思い出して

「コンラッド先生との邂逅に言祝ぎを...。」

ただ手を翳した。




つもりだった。



私の足元から、私を包み込む様に風が巻き上がる。ふわっとスカートの裾が風を張らんで広がり、私の髪が風にふわふわと靡く。

翳した手から暖かい光と温もりを感じる熱が輪になってコンラッド先生を包んだ。


「ああ...っ!」


感極まった声を発したのは、ノースさんで。

コンラッド先生は、ただ驚いた表情で私を見ている。


「本物...」

ポツリ、と呟かれた言葉はかなり小さくて。

そのあとにゆっくりと口角が上がり、目の前の優しげな紳士のコンラッド先生が一瞬、大きく膨れ上がった気がした。

少しだけ仰け反る様に体が逃げる。

私のそんな逃げる動きに、フッとコンラッド先生が目を細めて、真っ直ぐに私を見つめながら、ゆっくりと息をついた。


「紛う事無き聖女様のお力...祝福有難う存じます。」


頭頂部に触れている私の手を取り、手の甲へと口付けをした。

恭しい忠誠の口付けだけれど、一瞬だけ...コンラッド先生を畏れたのは何故なんだろう...。



勉強の場所は私室で、ではなく。


書斎として用意されていた部屋に案内される。書斎では、滅多に見掛けない執事のニイゾノさんが燕尾服で紅茶の用意をしていた。

ニイゾノさんの後ろ、壁際には揃いの制服なのか紺色に真っ白なエプソンと、ヘッドドレスをつけた女の子が3人、きちんと両手を重ね合わせて真っ直ぐに立っている。目線はやや下。私や先生を直接には見ない。


「...執事のソウシ ニイゾノでございます。」

私ではなく、コンラッド先生に優雅に、そして慇懃丁重に挨拶をするニイゾノさん。

そのままソファーとテーブルへと案内されて、紅茶を供される。

無言でお揃いの洋服を着た女の子たちが、静静と小さな焼き菓子の乗った華奢なお皿や、小さいながら細かい柄細工のあるトングを用意してくれる。

全ての準備が整ってから、透明な素材に金や鮮やかな蒼デザインが描かれた持つのも怖い位薄いティーカップが私とコンラッド先生へと用意される。

私の側には大きめのティーポットが置かれて。


ニイゾノさんが美しい御辞儀をして私の背後へと立つ。

このまま授業が始まるのだろうか?

お茶...どうするの?

教本は出した方がいいの?


従士に二人も居るし、ニイゾノさんも、そのお連れ?の女の子たちも居るし...こんな中で勉強するの?全く全然落ち着かない...。

お茶もどうしたらいいんだろう。とりあえず...注ぐ?

「折角ですから温かいうちに。」

ティーポットを持ち上げて、先生のカップと自分のカップへと赤色の美しい紅茶を注ぐ。

ふわっと薫る紅茶。

ポットを戻して、先生を見る。


大きく頷いて「excellent!大変よろしい。聖女エミーリア様、庶民の出身とお伺いしておりましたが茶話会のご経験がおありで?」

大袈裟な程の笑顔でコンラッド先生が私を見ている。

ええっ...!?すでにマナー講義がスタートしてたの?


内心動揺しつつも、何処が正解部分だったのかは判らないまま、正直に答える。


「いえ...お茶は神父さまに頂いていただけで、友人とは喫茶店へ行く位しか...」


『いいか?!商売人は笑顔だ!笑顔はプライスレス!微笑んどけ!判んない時は兎に角客が勝手に納得するから微笑んどけ!』

とのお兄ちゃんから店番するときのアドバイスを思い出しながら、小さく笑顔を作るしかない。


「....聖女エミーリア様はサンドーム神父の秘蔵...侮れんなサンドームも。」

極々小さな呟き。スッと目を細めてこちらを値踏みするような刺すような視線が一瞬だけ、私に降り注ぐ。


ソーサーを手に、カップを持ち上げて一口紅茶を飲む。

少し渋くて、口に含むと華やかな香りとトロリとした甘みにほっとする。

「とてもおいしいです。」

ニイゾノさんを振り返る。


「...身に剰る有り難き幸せでございます。」

硬い表現と冷たい視線にもしかして、否もしかしなくても、私...この場で試されてる?と背筋がうっすらと寒くなる。


なんだろうこのアウェイ感。

授業なのか、お茶会なのかも判りにくいまま、私の聖女教育がスタートしたのだった。





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