【完結】いずれ忘れる恋をした

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【1章】選択肢ミス

4.

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雨の音だけが店に響く。情けなく掠れた声はきっと、さっきよりも強さを増した水音にかき消されていただろう。

「…そうか。……花も何もないが、手だけ合わさせてもらっても良いか」

彼の低くて芯の通った声に、何故か妙に安心する声に、不意に泣きそうになる。
泣く資格など、私にはあるはずもないのに。

「…お墓は少しだけ離れた場所にあるんです。今日は雨ですし…お気持ちだけ、頂きます。…ありがとうございます、本当に」

弟との小さな約束を守ってこの店に来てくれたこの男性に、どこか私の心の中の知らない部分がじんわりと温かくなるのを感じつつ、お礼を言う。

「あんた、」

一歩、こちらに踏み出した彼が、兄さんがするのと同じように私の頭に手を乗せる。
ずっしりとした重みに、思わず背が縮むのでは、と思った時。

「…優しい姉ちゃんなんだな。…優しすぎる」


スっと、更に体温が下がるのが分かった。


「…ふふ、ありがとうございます。そうだと、良いんですけど」

私はちゃんと笑えていただろうか。声は震えていなかっただろうか。

「まだ雨が降ってますし、休んで行ってください!弟の約束を守ってくださったお礼にサービスさせて頂きますから」

誤魔化す為にも、私の変な顔をお客様に見せない為にも、出来るだけ自然に急いで席を勧めて座ってもらった後、濡れた服が乾くように、火魔法と風魔法を組み合わせて温風を流す。冷えた身体には丁度良いだろう。多分。
ちなみに、この温風は何も珍しくはない生活魔法の一種で、雨の日に洗濯物を乾かしたい時などによく利用されるものである。私は魔力量が多く、扱いも上手い(らしい)ので、普通より魔力を消費する生活魔法は私の担当になっている。

「暑かったら仰ってくださいね」
「…ああ、ありがとな。丁度良いから大丈夫だ」

その言葉を聞いて頷き、飲み物と食べ物の準備を始めたのだった。

________


「ご馳走さん。美味かった。これで足りるか?」

カウンターにジャラ、と硬貨を乗せた男性。

(お金持ちなのかな)

"庶民派"で知られるうちの店は、よく近所の子供がお小遣いを片手にお菓子を買いに来る。
食事となるとお小遣いでは足りないけれど、それでもメインストリート沿いのご飯屋さんに比べたら少し安い。それなのに、カウンターに乗せられた硬貨はざっと見て必要なお金の2倍か3倍はあったのだ。

「サービスですから、お代はいりません。次回来てくださった時はきちんとお支払いして頂きますけどね」

それと、それじゃ多すぎます。声を小さくして、こっそりという風に伝えると、驚いた表情をした彼はすぐにそれを笑みに変えた。

「はっは!そういうことならお言葉に甘えとこうかね。また近いうちに来る。絶対だ」

「ふふ、はい。今度は私との約束ですね。お待ちしてます」

つられるように笑った私の頭に再び手を乗せた彼は、子供にするように髪をわしゃわしゃとかき乱した後、右手の小指を差し出した。

「……?」
「2年前に坊主と約束する時にもこれをやったんだ。だから、ほら」

ゆっくりと手を出して彼と小指を絡ませる。私の小指よりひと周り以上も大きくてたくましい指は、私の小指をきゅっと捉えるとそのまま上下に振り始める。

「ゆーびきーりげーんまーん、うっそつーいたーら…」

熊だと思うくらいには男らしい体躯と見た目の彼が、低い声で幼子のように弾ませてそれを歌う様子は余りにも不釣り合いで、私はつい笑ってしまう。そして、笑う私を灰色の瞳に映した彼が余りにも優しく微笑むので、気が付けば私は控えめながらも一緒に歌っていたのだった。

________


「またのお越しをお待ちしております」

私の声に振り向いて、またニカッと笑った彼は緩く手を振り、大股で帰っていった。


さっきまでの雨が嘘だったかのように晴れた空には、生まれて初めて見るくらい大きな、大きな虹が架かっている。


"優しい姉ちゃん"。そんなのは有り得ないこと。
でも、あの男性にそう言われた時、ほんの少しだけ…__。


どこまでも澄んだ空、翼を広げて楽しそうに虹をくぐる鳥がとても憎らしくて、羨ましい。




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