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第4章 『獣人国編』

第2話 「魔王様、狼族の勇者と戦う」

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 ──ッドオン!


 私が放った火炎球は直撃こそしなかったものの、爆発により驚いた様で、先を走る馬たちが嘶いて足を止めていた。

 馬に乗る獣人たちが馬を宥める中、そこへと私を乗せた馬車が到着。

 やや距離を離して馬車をとめ、私たちが馬車から降りたところで、獣人たちもすでに馬から降りており、檻が乗せられた荷台を守るように陣形を組んでいた。

 その檻の中には憔悴した様子の女獣人──レアンの姿があった。


「お姉ちゃん!!」
「……クソガキ……なんできやがった……?」


 彼女の声には疲労の色が濃く、瞳にもすでに覇気がなかった。
 姉の弱り切った姿にウルは拳をぎゅっと握り締め、姉を元気づけるようにあえて元気な声で。


「助けにきたよ! もう大丈夫だからね!」
「……馬鹿野郎……」


 吐き捨てるレアンは嬉しそうにしながらも、しかし複雑な表情を浮かべる。
 彼女の懸念材料──大剣を背負った大柄な獣人が、悠然と進み出てきた。


「これほど早く仕掛けてくるとは思っていなかった。少しばかり驚いたぞ?」


 彼を視認した瞬間、元気が良かったウルが表情を曇らせる。


「レオさん……」
「村を見捨てておきながら、姉は見捨てないのだな? ウル殿」
「そ、それは……だって……」


 どことなく責める口調のレオを前に、ウルは気圧されたように言いよどみ。
 レオの身体からすうっと姿を現した女精霊が、キッとした厳しい眼差しを狼少女へと突き刺してきた。


「自分勝手も甚だしいわよね! アンタら姉妹のどっちかが生贄にならないと、私たちの村は潰されるのよ! わかってるの!?」
「っ──そ、そうだけど……でも──」
「”でも”じゃないの! こっちは村の存亡がかかってるのよ! いい加減我が儘はやめなさいな!!」
「ミゲル、その辺でやめておけ」


 レオが怒り心頭の女精霊の名を静かに口にした途端、女精霊は面白くなさそうにしながらも押し黙る。
 そしてジロリと、勇者レオが私を見据えてきた。
 知性ある瞳から、この者の強さが、ただの蛮勇でないことが伺える。


(これは……想定以上に強い、な)


 強い意志が込められている男の視線に射すくめられそうになりながらも、私は内心で気合いを入れて、決して負けないとばかりな心情で逆に彼の瞳を見返す。

 私のそんな態度に驚いたようで、レオがわずかに両目を大きくした。



「ウル殿に協力する貴殿は、何者なのだ?」
「ただの冒険者だ」
「ほう……では、なぜウル殿に協力する? 依頼でも受けたか」
「依頼じゃないさ。ウルとは親しい仲だからな。困っていれば、手を差し伸べるのは当然のことだろう?」
「ふざけないで!! そんな程度の理由で私たちの邪魔をしようっての!!?」
「ミゲル」
「でも──」


 憤慨する女精霊は、しかしレオに静かに名を呼ばれると押し黙るものの、代わりに射殺さんばかりの怒りが込められた視線を、私とウルに突き刺して来る。
 ウルが怯えた様に私の背にちょっとだけ隠れ。
 女精霊とは対照的に、冷静さを崩さない大男が静かな声音で問いかけてきた。


「事情はどこまで知っているのだ?」
「だいたいは知っている」
「……なるほど。それでもなお、我等の邪魔をしようと言うのだな?」
「そちらにとっては”邪魔”と認識されるのだろうが、こちらにとっては”救出”なんだ。どちらの立場にいるかの違いだな」
「救出……か」


 私の言葉を受けて、レオが初めて小さく微笑する。
 自嘲だったのかもしれないが、現状では、それを確かめる術はなく。


「”ただの冒険者”よ。生贄の判断を良しとした俺を断罪するか?」
「断罪する気はないさ。どちらが正義で悪だなんて、青臭いことを言うつもりはない。私はただ、涙する仲間を救いたい。それだけだ」
「…………貴殿の気持ちは理解できる。だが、そのことで我が村は滅ぶだろう……だからこそ、村を救うには生贄が必要なのだ。必要な……犠牲なのだ」


 苦々しい口調だった。
 彼自身、いまだに思い悩んでいるのかもしれない。
 本当に正しい選択なのか……と。

 私の背に隠れるウルが、いつの間にか掴んでいた私の服の裾を掴む手に、力を込めていた。

 私は、僅かに気持ちの揺れを見せるレオを真っすぐに見据える。


「誇りと尊厳をなくした”生”に価値はあるのか?」
「──っ……部外者がよく言う。死んでは、それこそ意味がないのだ。無様でも何だろうが、生きてさえいれば、未来へと道は続くのだ。俺たち年長者は、何としてでも、村で健やかに育つ未来ある若者を守らねばならんのだ」
「そのために、未来ある若者を生贄にするのか」
「それは……」
「ごちゃごちゃうっさい!! 言葉遊びはもうたくさんよ!!!!」


 レオに変わって怒鳴り散らしてきた女精霊が、両手を広げてきた。


「所詮、アンタにとっては他人事ってことよ! こっちはね、住民の命がかかってるのよ! 背に腹は代えられないの!! ウルとレアンは族長の一族なんだから、住民のために犠牲になるのは当然の責務なのよ! それをあっさり放棄したほうが責められないで、悩みながらも村を救おうとしてるレオを責めるとか、意味がわからないから!!!!」


 立場の違い、ということだろう。
 私が先に述べた通り、どちらにも主義主張があり、どちらが正義で悪、と簡単には割り切れないのである。
 ……いや。
 この場合、ひとりだけ”絶対悪”がいることを、私は思い出す。


(王弟であり愚弟……元凶たるバモンズ)


 こいつこそが、悪だと断定できるだろう。
 だがこいつの裏には、国が、そして最強の獣人獣王が控えているために、勇者レオは村の為に手が出せないのだ。

 いまこの場で、私が愚弟を殺すからウルとレアンを見逃してくれと言ったところで、信用はしてくれないだろう。
 なにせ、私と勇者たちはこれが初見なのだから、当然ながら信頼関係などあるはずがないのである。


(私が魔王だった頃に表敬訪問して、それなりの人脈を築けていられたらな)


 なんとも悔やまれる。
 そういう人脈があったからこそ、エルフ国では動きやすかったのだから。
 まあ、いまさら言っても詮無き事だったが。


「平行線だな」


 ひとつ息を吐いた私は、静かに抜剣した。


「お前たちに恨みはないが、ここは私の我が儘を通させてもらう」
「我が儘……か。いいだろう。こちらは村の存亡がかかっているのだ。手加減はせんぞ」
「嫌な女!」


 レオが背負っていた大剣を構えるのに合わせ、吐き捨てた女精霊が彼の身体へと消えていく。


「手加減、か。こちらは最初から覚悟をしているんだ。遠慮はいらない」


 私とレオが戦闘態勢に入ったことで、その場にいる全員もが戦闘態勢へと移行。


「私とダミアンがしかける。アテナは状況に応じて援護を」
「クレア、あたしは?」
「ウル、お前には遊撃を頼む。相手は勇者だ。私たちが予期せぬ攻撃をしてくるかもしれないが、あいつのことを知っているお前ならば、反応できるだろう?」
「わかったよ!」
「クレア様。まずは、レアンさんを救出しないでよろしいのですか?」
「あの状態だ。戦闘に参加できないだろう。だったらまずは、最大の脅威たる勇者を排除する」
「わかりました」
「ダミアン、お前の俊敏性に期待しているぞ」
「はい、お任せください」


 迅速に行動方針を決める私たちの一方では、レオが仲間の獣人たちに指示を下していた。


「お前たちは全員でレアン殿の周囲を固めろ」
「よろしいので? 我等全員で一斉に攻撃したほうが早く終わるのでは?」
「あの冒険者の傍らにいる女精霊が気になる。下手に全員で仕掛けるのは危険だ」
「なるほど……確かに、精霊は厄介ですからな」
「俺にはミゲルの加護があるからな、どうにでもできる」
「わかりました。ではレオ殿にお任せいたします」


 互いに行動方針が決まったところで、レアンを巡る戦闘が開始される──



 ※ ※ ※



 私とダミアンがまず駆け出し、少し遅れてウルが、アテナは後方から動かない。
 対するレオは、重心を僅かに落として、大剣を大きく振りかぶる。


「まずは、小手調べといこうか!」


 レオが何かを仕掛けようとするも。
 先に仕掛けたのはアテナだった。

 アテナの影から一筋の影の糸が伸びており、レオの影と同化するや否や、彼の影から黒の手が飛び出してその全身を拘束していた。

 動きを封じた刹那の間隙を狙い、私とダミアンが左右から飛び掛かる。


「これはっ──だが!!」


 両目をカッと見開いた途端、勇者の頭上に光の玉が出現・と同時に爆発。
 光爆によって影が掻き消えており、大剣が一閃されてくる。
 衝撃波を伴う重厚な斬撃により、私とダミアンは攻撃を中断せざる得なく、大きく後退。


「獣人が魔法……か」


 距離をとった私は、僅かな戦慄と共に小さく呟く。

 本来、その高い身体能力と引き換えに、獣人族は魔法が使えないのだ。
 しかしながらいま、獣人族であるレオは魔法を行使した。
 精霊と同化して勇者となったことで、その常識を覆した、といったところなのだろう。


 獣人ならではの強靭な身体能力に加えて、本来は使えないはずの魔法。
 勇者レオ……こちらの想定以上に、かなりの実力を秘めているようである。
 

 弱体化している影響からか一瞬だけ怯んでいた私とは違い、闘志の炎が消えていないダミアンは果敢にも再度、レオへと突貫していた。
 振るわれてくる大剣を機敏な動きで搔い潜り、肉迫。
 逆手に握った短剣を突き込むものの、予想外に身軽な動作でレオの蹴りが炸裂しており、逆にダミアンが弾き飛ばされる結果となってしまう。

 身体が宙に浮く密偵少年へと返す刃で大剣を叩き込もうとするレオだったが、その全身に再び黒の手が巻き付いて、彼の動きを拘束する。


「無駄だ!」


 再び光爆により拘束からあっさりと解放されるレオなれど。
 その死角から、ウルが鉤爪を閃かせていた。


 直撃だった。


 パッとレオから鮮やかな鮮血が舞い散る。
 痛みに顔をしかめながらも勇者は、振り返りざまに拳を叩き込んでおり、回避が遅れたウルは頬を殴られた衝撃で吹き飛ばされていた。

 いまの攻防に、私は少なからず驚きを覚えてしまう。


(ちょっと見ない間に、ウルは成長していたんだな……)


 過小評価していたのかもしれない。
 まさか、勇者相手に直撃を叩き込めるとは思っていなかったからだ。
 いまのウルは、以前まで知っていた彼女とは違う、ということなのだろう。
 ……まあ、攻撃に専念しすぎて回避が疎かになっていたのは、マイナスポイントではあったが。

 その後も私たちは、アテナが一瞬だけ動きを封じる間隙をついて、レオへと肉迫戦をしかける。

 一進一退の攻防戦。
 人数では勝るはずの私たちが、たったひとりのレオ相手に、である。

 どうやらレオは精霊の加護で下級魔法ならば行使できるらしく、大剣による重厚な斬撃の間隙を補うように魔法を使用しており、肉迫できても私たちは、なかなか有効打を与えられなかった。

 しかも、勇者の戦闘力が極めて高いことから、私は腕輪と髪飾りの能力をあっさりと使わされる羽目に。
 再度使えるようになるにはそれなりの時間が必要なため、この戦闘ではもうアテにはできないだろう。

 ダミアンの俊敏性で翻弄しようとするもののレオは確実に対応しており、死角に回り込むウルの奇襲ももはや通用せず、私が放つ下級魔法も大剣の一振りで難なく無力化されてしまう。


「ならばこれはどうだ!」


 私が放ったのは、氷魔法。
 たちまち勇者の足元が氷で覆われる。
 さらには、それに合わせるように影の手がレオを拘束。

 二重の拘束をされる勇者めがけて、私たちが一斉に飛び掛かる──


「舐めるなアアアアアーーーーー!!!!」


 裂帛の絶叫。
 レオは強引に上半身を捻って大剣で地面を抉りとっていた。
 巻き上がる土砂が私たちへと降り注ぎ、私たちは視界が塞がったことでやむなく後退せざる得ない。
 さすがに強敵相手に、視界が塞がった状態で飛び込むほど、無謀ではないのである。

 
 だが。


「ふぎゅう……っ」


 舞い散る土砂から大剣が飛び出してきており、回避が遅れたウルに直撃していた。刃の腹部分だったために両断されることはなかったが、それでも彼女は叩き潰されてしまう。
 刃が寝かされていたのは、レオに彼女を殺す気がないからだろう。

 そしてさらに。

 それと同時に土砂からレオ本人が飛び出しており、大剣を大きく後ろに引いた状態で向かうは、ダミアンだった。
 突進力が乗った凶悪な一撃が繰り出されてきており、横手に飛び退いたダミアンがたった今までいた場所に剛撃が落ち、再び土砂が舞い上がる。
 しかしレオの攻撃は終わらない。
 脅威の膂力でもって強引に大剣を振り抜いて追撃しており、それと共に、ダミアンの着地地点に氷を張っていたのである。


「なっ──」


 足をとられたダミアンが態勢を崩す。
 そこへ、衝撃波を伴う大剣が。
 バランスを崩している彼は、何もできず……
 刹那、ダミアンの影から飛び出してきた影の手が剛撃を受け止めていた。

 とはいえ、衝撃を殺しきることは出来なかったようで、ダミアンは弾き飛ばされていた。

 しかも影の手は吹き散らされており、直撃こそ防げたものの斬撃がダミアンに大きなダメージを与えており、致命傷ではないようだが、地面を転がった少年はすぐに動けない様子だった。

 さすがにタイミング的なこともあり、レオが私にまで攻撃をしてくることはなかったが、それでも私は顔が引きつってしまう。


(ここまで強いのか、こいつは……っ)


 純粋な戦闘力に加え、瞬時の判断力。
 まさに、超一流と言えた。
 私は、認識の甘さを痛感させられる。


 勇者レオは、決して”悪”ではない。


 だからこそ。
 殺すことなく、どうにか戦闘不能に出来れば……と思っていたのだが。
 考えが、甘かったと言わざる得ないだろう。

 だがしかし。
 ウルたちが不幸になる未来など、私は決して容認できないのである。


「勇者レオ……お前には、本当に恨みはないが、私としても引けない想いがある。だから……」


 覚悟を決めた私は、蒼刃を地面に突き刺してから、ゆっくりと右手を勇者へと向けた。


「お前を殺すしか手段のない私を、怨んでくれて構わない」


 指輪の能力を発動。
 発現されるは、最上位魔法。



『ッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』



 召喚された巨大な火炎竜が、重々しい咆哮と共に、愕然と目を見開く勇者へと襲い掛かっていった。



 ※ ※ ※



「「「なっ──」」」


 絶句する狼獣人たち。
 初めて見るウルやレアンも、驚きを隠せない様子だった。

 そんな中──

 驚いていたレオはすぐに立ち直り、大きく息を吸い込むや……


「っオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 雄たけびを上げるや、大剣を一閃。

 次の瞬間。

 私の切り札である火炎竜は、一刀のもとに、両断されていた。


「な……馬鹿な……」


 愕然と目を見開く私。

 四散して、霧散していく炎の残滓の中を突き抜けてきたレオが、私へと急迫してくる。
 咄嗟に蒼刃を地面から引き抜きざまに応戦するものの、動揺が大きい私は動きに繊細さが欠けており、圧倒されてしまう。

 さらには。

 距離を開けようと後退しようとする私へと、レオの身体から飛び出してきた女精霊がまとわりつき、私の動きを拘束する。


「なに──」
「逃がさない! レオ!」
「応!!」
「クレア様──」


 アテナの影術による援護は一瞬遅く。
 繰り出されたレオの拳が、私のみぞおちに決まる。
 腕輪の能力をすでに使わされていたことで、私には防ぐ手段がなかったのだ。


「ぐっは……っ」


 内臓がえぐられる感覚に、私は思わず吐血。
 そのまま吹き飛ばされた私は、成す術もなく地面を転がっていた。
 アテナが影術で私を受け止めてくれなかったのは、直前でレオがアテナへと光球を放っていたからだ。
 今まさに私をフォローしようとしていたアテナは反応が遅れてしまい、弾かれていたのである。


 ……なんてことだろうか。


 この事態は、まったく予想していなかった。
 まさか、たったひとり相手に私たちが敗れるとは。

 体感的には、勇者レオの戦闘力は以前に私が相対した最強勇者には遠く及ばないものの。
 それは私に最強たる魔力があったからであり。
 いまの弱体化している私にとっては、凶悪な相手だったということである。


 しかし……だからといって。


 ここで諦めるわけにはいかなかった。
 私が諦めるということは、すなわちウルたち姉妹の不幸を意味するのだから。 


「……くっ……」


 歯を食いしばりながらも、よろよろと立ち上がる私へと、レオが複雑な表情を向けてきた。


「なぜだ。なぜ、立ち上がる。なぜそこまでして……。これは我等部族の問題であり、種族が違う貴殿にとっては関係のない話のはずだ」
「……私は、元来我が儘なんだ。だからこそ……自分が許せないことは、絶対に認めるわけにはいかない」


 口の端から流れ落ちる血の糸を乱暴に拭った私は、息を整えた後、毅然とした態度で僅かに動じている勇者を見据える。


「勇者レオ。お前がとしても、私は決して諦めない。必ず、自分の思いを貫き通す」
「……ひとは、妥協しなければ、折り合いを付けなければ、守りたいものを守れない時もあるのだ。たとえそれが、自分の信念を曲げることだとしても」
「かつての私だったならば……そういう生き方をしていたかもな」


 国民に責任ある立場だった魔王ならば、”大”を守るためならば”小”を切り捨てる英断も必要だったことだろうが……


「だがいまの私には、なんの縛りはない。だから……許せないことは、命をかけたとしても、絶対に許さない」
「…………世の中は理不尽で出来ているのだ。貴殿のような生き方では、長生きはできんぞ」
「何ともで言うがいいさ。私は、”未来”を諦めたお前とは違う」
「……そうか」


 静かに目を閉じたレオは、一拍の時を置いてから、ゆっくりと開く。


「残念だ。貴殿とは、違った形で会っていれば、杯を交わしていたことだろう」


 大剣を上段に構え。


「こちらにも譲れないものがある。……決着をつけよう」


 女精霊がレオの身体へと消えていくや、大剣が眩い光を放ち始めた。
 それに伴い、彼の周囲の大気が目に見えて歪む。


(おいおい……まじか。まだこれほどの力を……)


 満身創痍の私へと、レオが渾身の一撃を繰り出して来た──



 ※ ※ ※

 ※ ※ ※



 鮮烈な爆音が轟く。
 大地に穴が開き、粉塵が舞い上がる。


「クレア様!」
「クレアナード様!」
「クレア!」


 粉塵の中に姿を消した彼女の名を叫ぶ面々。

 大剣を振り落としていた勇者レオは、ゆっくりと大剣を引き戻すと、戦闘が終わったことを確信しているようで、悠然とした動きで背中の鞘へと戻していた。


 やがて粉塵が晴れていくと……

 
 クレアナードが地面に転がっていた。
 剣を盾にしたらしく刀身が粉々に砕け散っており。
 意識がないのかぐったりとしていたものの、僅かに胸が上下に動いていることから、致命傷は辛うじて避けたようだった。

 彼女の命が紙一重で繋がっていたことに安堵する面々だったが、すぐに表情が絶望的なものへと。
 精神的支柱を失ったことで、自分たちの士気が激減したことを理解したからだ。
 対照的に、狼獣人たちからは勇者レオを称賛する声が。


 クレアナードが意識を失ったこの時点で、この戦いの決着はついたのである。
 彼女たちの、完膚なきまでの敗北という形で。


 ひとつ息を吐いたレオが、ダメージから立ち上がれない様子の狼少女へと視線を向けた。
 

「ウル殿」


 名を呼ばれたことで、ウルがビクッと全身を震わせる。
 怯えた目を向けられてくるレオは、しかし静かな態度だった。


「姉を助けたくば、追ってくるがいい。また、自分だけが助かりたいというのならば去るがいい。追いはしない」
「ふえ……っ?」
「ちょ、レオ? あなた、何を言ってるのよ?」


 姿を現した女精霊が胡乱げに問いかけてくるも、当の勇者の様子は変わらない。


「ウル殿とレアン殿、どちらかを連れ戻せればいいのだ。両方を連れ帰る必要はない」
「それはそうだけど……ってか、え? もしかしてこの女魔族たちを見逃す気なの?」
「実力差は歴然としている。また歯向かって来たとしても、返り討ちにするだけだ」
「……あなたがそう判断したのなら、私が言うことは何もないけれど」


 何か言いたげな雰囲気をまといながらも両目を閉じた女精霊が、再びレオの身体の中へと姿を消していく。

 小さく息を吐いた勇者は、倒れてぐったりとして動かない女魔族を見やる。
 傷だらけの魔族の少年が決死の表情で、そして女精霊が無表情で、意識のない彼女を守っていた。

 その光景を淡々と一瞥後、怯えている狼少女に目を向ける。


「時にウル殿。その女魔族の名は何という?」
「ふえ……? えっと……えっと……く、クレア──クレアナードだよ……」
「……そうか。その者に伝えてくれ。いまは見逃すが、次はないとな」


 そう言い捨てたレオは、戸惑いを見せる狼獣人たちを引き連れ、檻の中に拘束するレアンと共に、その場を悠然と立ち去って行ったのだった。



 ※ ※ ※



 街道を連行される中、弱っていながらもレアンは決意していた。


(……オレも、覚悟を決めるしかねぇか)


 しかしそれは、”贅肉”の玩具になる覚悟ではなく。
 限界まで粘って粘って粘りまくって、婚礼の儀を送らせる、という覚悟である。


 妹たちのあの様子だと、決して諦めることはないだろう。


 それを嬉しく思う反面、囚われてしまった自分が何も出来ないことに歯噛みするが、だからといってただ助けを待つというのも、彼女の矜持が許さなかったのだ。


 一度は諦めてしまったものの……こうなってくると、とことんやれるだけのことはするだけである。


(クレアナード……あのクソガキウルがあそこまで信頼してる奴なんだ。だったらオレも……信頼してやろうじゃねぇか)


 森の魔女宅にて妹から聞かされてきた話を思い出す。
 クレアナードのことになると、本当に妹は楽しそうにするのだ。

 姉として、少しだけ嫉妬してしまったものだったが……

 レアン自身は一度しか会ったことはなかったが、妹がそこまで彼女クレアナードのことを高評価しているのだから、自分も彼女を信頼してもいいだろう、と判断する。


 だから最悪のケースを想定したとしても、ウルの身の安全だけは絶対に守ってくれるだろう。


(オレが、他者をアテにするなんてな……)


 内心で苦笑いすると共に、レアンは自分が出来ることを限界までやるべく、覚悟を決めるのだった。


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