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第3章 『エルフ国編②』

第10話 「魔王様、再度世界樹へ②」

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「ほう! まさかこんな奥深くで、ここまでうまい料理を味わえるとはのう!」
「さすがは、クレアナード様に仕える精霊メイドですね。非の打ちどころがありません」


 アテナが振る舞った手料理を食すドラギアとレイが、頬を緩ませながら素直な感想を口にしてくる。

 場所は、上層部と中層部を結ぶ大部屋。
 部屋の各所にはいくつもの水だまりが溜まっているところから、私たち一同はこの安全地帯にて束の間の休息をとっていたのである。


「これはうまいとしか言えんな……うーむ。これは、宮廷料理人顔負けだな」
「確かに。アテナ殿の腕前は素晴らしいですね」


 ドーエンスとデモナも賛辞を贈っており。
 私は澄まし顔で淡々と料理を食していたが、内心ではちょっとした優越感に浸っていたりする。


「まだありますから、お代わりがしたい方は遠慮なさらずにどうぞ」


 簡易コンロを駆使して王族の舌を唸らせる料理をあっと言う間に作り上げたアテナは、簡易テーブルの上に次々と料理を並べていき。
 白と黒の王たちは、遠慮することなく次々と平らげていく。

 そんな私たちを、道具袋から出した携帯食をかじりながら、白エルフの面々が羨ましそうに見てきていた。
 可愛そうには思うが、これだけの大所帯を賄うだけの食材を持ってきてはいないので、各自自己責任ということで我慢してもらうしかないだろう。


「クレアナードや」


 料理が乗った皿を片手に私に近づいてきたドラギアが、割と真面目な顔で話しかけてきた。


「どうやったら、アテナを譲る気になる?」
「おいおい、冗談でも勘弁してくれ」
「いやいや、かなり真剣なんじゃが」
「……言っておくが、アテナは誰にも譲る気はないぞ」
「むう……お前さんには、もったいない気がするんじゃがのう」
「何気に失礼なことを。……まあ、否定は出来ないがな」


 性格に難があるのが玉に瑕なれど、それを差し引いてもアテナは優秀なメイドといえるだろう。
 落ちぶれたいまの私には……宝の持ち腐れと言われても、仕方ないだろう。


(だが……いまの私がアテナを失ったら、それこそ、まともな生活ができなくなるぞ)


 すっかり依存しているなぁっと思っていると、デモナが私を見ていることに気が付いた。


(忘れていた。あいつもアテナを狙っているんだった)


 冗談半分本気半分のドラギアとは違い、こちらデモナは冗談抜きで私の命を狙ってくる危険人物なのだ。
 
 いまのところおとなしく、そんな素振りを見せていないのは、思っていた以上にダンジョン攻略が過酷であり、そんな余裕などないからなのだろう。
 ある意味では、ダンジョンの難易度に助けられている、と言えなくもないだろう。……皮肉なことだったが。


「とにかく。私はアテナを譲る気はない。アテナは──私のだ」


 言い放ったタイミングが悪かった。
 ちょうどアテナが、料理が乗った皿を私に渡しに来ていたのである。


「おやおや、クレア様。ご自分が、女性にしか興味ないと公言なさるとは」
「……意味合いが違う。というか、何気に頬を赤らめるんじゃない」
「思いがけない場所で、プロポーズを受けてしまったので」
「わざと曲解するな、こっちまで恥ずかしくなってくる」
「おやおや、クレア様はツンデレ属性でしたか。意外と可愛い一面に驚きです」
「……っ」


 言葉に詰まる私とアテナのやり取りを前に、ドラギアが楽し気に笑ってくる。


「カッカッカ。お前さんらの仲は、誰にも侵せないようじゃのう」
「私がクレア様から離れることは在り得ません。クレア様の”味”は、薄味になろうとも私の好物ですので」
「アテナ、ちゃんと正確に言おうな? 言葉足らずのその言い方だと、また変な誤解を受けるぞ」
「?」


 わざとらしく小首を傾げるアテナに、おでこを押さえながら私は嘆息ひとつ。
 そして、ちらりと視線を向けると……


「あ、味だとっ? 汗か? 涎か? それともまさか──」
「むう……まさかアテナさんに先を越されていたなんて……」
「…………」


 ドーエンスが目の色を変え、レイが口惜しそうに顔を歪め、デモナが何か言いたげながらも沈黙。


「カッカッカ! お前さんらは良くも悪くも、周囲を愉しませるのう!」
「お褒めに預かり光栄です、ドラギア様」
「いやいや。私には、そんなつもりはないからな」


 場違いに騒ぎを見せる私たちを、料理にありつけなかった恨みもあるのか、周りにいる白エルフたちが冷ややかな眼差しで見てくる。
 食べ物の恨みは恐ろしい、ということなのだろう……



 ※ ※ ※



 時刻的なこともあり、そして予測以上に消耗が大きかったことから進行予定を変更して、この安全地帯にて一泊の休息をとることに。
 強行軍で突き進んだとしても、全滅してしまっては意味がないからだ。

 出入り口付近に見張りの白エルフが数人警戒を飛ばしており、他の白エルフたちはそれぞれが思い思いのことをして時間を潰していた。

 ふたりの王ドラギアとドーエンスがこの時間を利用して直接的な言い回しは避けていたが政治的な討論を交わしており、白エルフたちが不思議そうな顔で見ているものの口を挟む気配はなく、その一方では何人かの白エルフがアテナに料理のコツを教わりメモっていたりする。

 レイとデモナは、どうやら完全に険悪な仲となっているようで、互いが互いの動きを牽制するような位置で座り込み、互いに敵意の眼差しを飛ばし合っており、もはや関係修復は不可能な様子。

 そんな中、ひとりきりでいる私はというと、ドラギアが張ってくれた結界内でおとなしくしていた。

 ここで一泊するという話になった時に、ドラギアに結界を張ってくれるように頼んだのである。
 身の危険を防ぎたいという旨を述べたところ、どうやら彼女は貞操の危機と勘違いしたようで、笑いながらもきっちりと結界を張ってくれていたのだ。


(まあ、そっちの危機もあるっていえばあるんだけどな)


 苦笑いする私の本命の狙いは、もちろん、デモナからの襲撃だ。
 こんなに人数がいる中では、さすがに仕掛けてはこないだろうとは思うが、念には念をということである。

 私が装着している指輪が常に光っているのは、この結界を維持するための魔力を、指輪が蓄えている魔力から供給しているからだ。
 ここまでの道中では、まだ温存していたこともあり、とりあえず私が就寝中でも結界を維持できることだろう。


(この指輪は、いまの私にとっては本当に使えるな)


 いつか森の魔女宅を訪れる機会があれば、改めて礼を言う必要があるだろう。
 そして欲を言えば……もっといいものをねだってみようか、などと思う自分がいることに、苦笑い。


 魔力を蓄える指輪。
 魔法を一時防ぐ髪飾り。
 物理を一時防ぐ腕輪。


 これらにより、弱体化しているいまの私でも、それなりの戦闘力は期待できるだろう。
 しかし……所詮は、魔道具の力を借りているだけの戦闘力。
 魔道具がない状態を襲われた場合、無力とは言わないが、やはり私の戦闘力は激減することだろう。
 私オリジナルの魔法である蒼雷があるにはあるが、万能ではないのだから。


(やはり……私自身の戦闘力を鍛えないことには意味がないか……だが、どうやって……)


 あの頃は、妹を守る一心で無我夢中であり、その結果として最強の戦闘力を得たわけだが。
 いまの私には命を懸けてまで強くなる必死な理由がないために、もうあんな血反吐を吐くような思いをするのは御免であり、そしてそこまでの気力もなかった。

 あの頃のような若さに任せたがむしゃらさは、残念ながら今の私にはもうないのである。


(私も歳をとったってところか)


 ふっと自嘲的に嗤う。


「おひとりだからと思い出し笑いですか? 傍から見るとちょっと引きますよ」


 用事が終わったようで、結界の外側にてアテナが声をかけてきた。
 そして「こほん」と咳払いしてから。

「いーれーてー」
「……お前は子供か」
「クレア様の許可がないと、結界内には入れませんので」
「まあ、そうだな」


 結界の中枢に位置された私が許可をした人物だけが、入れる仕組みの結界なのである。
 物理的に壊すことは可能ではあるが、さすがにそんなことをすれば人目も引くだろうから、デモナもそこまでの強硬策はしてこないだろう……とは思う。

 私が許可を出したことで結界内に入ってきたアテナが、座る私をじーっと見下ろしてきた。


「ん? どうかしたのか?」
「そろそろお腹が空きました」
「……状況的に考えて、出来れば私自身の魔力も温存しておきたいんだが」
「お腹が空きました」
「攻略が終わってからじゃ……ダメか?」
「お腹が空きました」
「……なあ、アテナ。気持ちはわかるが、ここは──」
「お腹が空きました」
「…………」
「頂きます」
「ちょ、まだ許可してな──」


 アテナが襲い掛かってくる。
 当然ながら、座っていた私は反応が遅れてしまい。

 結果。

 魔力を急激に失った影響で私の意識は、あっさりと深い闇の中へと……



 ※ ※ ※



 赤道色の身体に複数の火炎球が炸裂し、爆裂した衝撃でその巨体が揺らぐ。
 間隙が生まれたことで肉迫した私がその身体を切り裂き、怒りの咆哮を上げたトレント・ロードが枝を繰り出して来るも影の手が止めており、さらには氷の魔剣から噴き出す冷気によって、その動きが止められていた。


「クレアナード離れろ! デカいのを行くぞ!」


 叫んだドーエンスが両手を広げるや、無数の氷の槍が中空に出現・と同時に、一斉に射出。
 私が飛び離れた直後にロードの身体に次々と突き刺さり、絶叫が迸る。


「ギ……ギィイイイイ……ッ」
「トドメだ!」


 踏み込みざまに蒼剣を一閃。
 いつの間にかそのロードの背後に回り込んでいたデモナも魔剣を繰り出していたようで、前後から切り裂かれたロードが、ついにその場にどうと倒れ込み、動かなくなる。


「…………」


 巨体が倒れたことで、私とデモナの視線が思わず交差した。

 ピクンっとデモナが動きを見せようとした刹那、別の方角からもロードの絶叫が聞こえてくる。
 身体の各所を爆砕された巨体がこちらに吹き飛んできており、それを回避するためにデモナは動きを中断して飛び退いていた。

 私も回避しており、飛び退いた先からそのロードが吹き飛んできた方へと視線を飛ばす。


「危ないじゃないかドラギア!」
「カッカッカ! 戦闘中なんじゃ。不測の事態は付きものじゃろうて」


 まったく反省の色を見せないのは、言うまでもなく、白エルフ族最強の魔導士であるドラギアだ。

 再びその場に、トレント・ロードの咆哮が轟いた。
 白エルフ部隊と交戦中のロードが、仲間が倒されたことに怒りを現したのだ。


 さすがに上層部ということもあり、ロードクラスが普通に襲い掛かってきていたのである。


 前回の暴走時には、それほど数はいなかったというのに、だ。
 魔物である世界樹『ガイア』が目覚めた結果、ということなのかもしれない。
 こうもロードクラスがポンポン生み出されるのでは、やはり世界樹は早急に息の根を止めねばならないだろう。

 襲い掛かってきたロードは三体のため、白エルフ部隊、ドラギアとレイのみ、そして私たち、といった具合に分かれ、それぞれと相対していた。
 私とドーエンスが同じロードに当たるのに対してドラギアがレイとだけというのは、別に差別しているわけではなく、単純に戦力を考慮してのことである。
 なんだかんだいっても、ドラギアは最強の魔導士なのだ。
 ドーエンスも優秀な魔導士だが彼女には遠く及ばないために、私と組むのは自然の流れだったという話だ。

 白エルフ部隊は……奮戦してはいたが、やはり人員が減ってきていることもあり、当初と比べるとその保有する戦力は著しく低下していた。
 そのために苦戦を強いられていたようだが、他のロードを片付けた私やドラギアが参戦したこともあり、間もなくロード勢は全滅。

 敵が殲滅されたことで、白エルフの面々が安堵の息を吐き、その場に座り込む。
 すでに彼らには、疲労の色が濃かった。
 ここまで来るのに頼りになっていた彼らは、その強さの源でもある”集団”の力を失いつつあるために、事ここに居たっては、足手まといになりかけていた。
 個の戦闘力でいえば、弱体化している私にすら劣るのだから、当然といえば当然かもしれないが。


(まあ、私もひとの事は言えないけどな)


 体力が低下しているために、私も疲れやすくなっているのだから。
 アテナが私のために特別に調合してくれた滋養強壮剤でドーピングしていなければ、とっくの昔に疲労困憊で倒れていることだろう。


「クレア様、これをどうぞ」
「ん、すまない」


 アテナから渡された小瓶に入った液体の薬を、ぐびりっとひと息に飲み干す。
 途端に、不思議なことに全身に妙な力が湧き上がってくる。
 身体の奥底が火照ってくるといい換えてもいいかもしれない。
 いずれにしても、これのおかげで疲れが紛れるのだから、効果は抜群だろう。

 もっと早くから作ってくれよという話だが、最近になってアテナが思い付きで考案したのだから、まあ仕方がないだろう。


「これ、本当によく効くな……材料は何なんだ?」
「これを飲まれるクレア様は、お知りにならない方がよろしいかと」
「え……いやいやいや。本当に、何がはいっているんだ? ちょっと怖くなってくるんだが……」
「知らない方が、よろしいかと」
「まじか」


 同じセリフを言ってくるアテナに、私は言葉を無くす。
 まあ、毒が入っているとは思わないが……


「アテナや。その薬、儂が飲んでも効果は得られるのかの?」
「申し訳ありません、ドラギア様。これはクレア様用に特別に調合しているので、他の方が飲んでも大した効果は得られないかと」
「そうなのか……では、儂用に調合してはくれぬか?」
「申し訳ありません。クレア様のことを知り尽くしているからこそ、調合できる薬ですので」
「うーむ……それは残念じゃのう」


 本当に残念そうに引き下がるドラギアを前に、私は胡乱げな目をアテナへと。


「いつ、私のことを知り尽くしていたんだ?」
「おやおや、これは異なことを。私とクレア様の付き合いは長いのですよ? 全身のほくろの数すら、すでに把握しております」
「いやいやいや、それはおかしいだろう。まさかお前、私が寝ている間に、裸にひん剥いたりはしていないよな?」
「それはそうと、クレア様。今日は良い天気ですね」
「……おい、アテナ。見上げても、見えるのは樹木の天井だけだぞ」
「私には、澄み切った青空が見えています」
「だとしたら目の病気だろうな」


 じーっとアテナを見つめると、やがてアテナは小さく息を吐いた。


「良いではありませんか。現にこうして、クレア様の疲労を緩和する薬を提供できるのですから」
「開き直ったか」
「結果オーライということで、どうです?」
「少なくとも、お前のほうから提案するべき言葉じゃないな」


 私は溜め息を隠せない。
 一度寝たらなかなか起きない私にも非があるのだろうが……


「まさか変な事はしていないよな? お前を……信じてるぞ?」
「クレア様。信用という言葉は、時としてこれほどに重いものなのですね。罪悪感で胸が締め付けられる想いです」
「……アテナさん?」
「冗談です」
「本当だよな?」
「冗談です」
「……っ、どっちのことが冗談なんだ?」
「さて? どちらのことだと、クレア様にとっては都合が良いです?」
「おいおいおい」


 思わず狼狽えてしまう私に、珍しくアテナが薄っすらとした微笑を浮かべる。


「カッカッカ! 良い様に翻弄されておるのう! やはりお前さんらは、良いコンビじゃわい」


 ドラギアが笑ってくるものの、私は素直には喜べない心境だった。



 ※ ※ ※

 ※ ※ ※



「……思っていたよりも、おとなしい暴れ方だな」


 真っ赤に染まる世界樹を見上げながら、丘陵にて佇む黒の宣教師は面白くなさそうに独りごちていた。


「まだ寝ぼけているということか……?」


 そう呟いた刹那。
 ハッとしたように飛び離れた直後、その場に巨大な火炎球が炸裂しており、その一帯を吹き飛ばしていた。

 足から着地した黒の宣教師は爆風で飛びそうになる黒のハットを片手で押さえながら、火炎球が飛来してきた方向へと金の瞳を向ける。


 いつの間にか中空には、重力を感じさせないように軽やかに浮遊する、ひとりの女魔族の姿があった。


「……ネミル。貴様、生きていたのか」
「ふにゃ? 君と会ったことあったっけ?」
「相変わらず、ふざけた態度だ。いきなり攻撃をしておいて」
「にゃはは~~♪ 冗談だよー! 私だって知らない人をいきなり攻撃するような、ヤバい奴じゃないし♪」


 中空にてくるくる回ってから、緩んだ瞳で黒の宣教師を見下ろす。


「君さ、気配を消すのが下手になったのかにゃ? それとも、現代じゃ気づく者がいないとタカを括ってた?」
「なぜ俺に攻撃をしかけてきた?」
「んー……答えは簡単だと思うけどな~? ここに君がいて、今まで寝てたはずの、あの樹木型の魔物が暴れてる。ってことは、もう君が犯人じゃん! 違う?」
「だとしたら、なんだというのだ?」
「どうせさー、未だに魔神復活とか企んでるんでしょ?」
「……魔人の本分を果たしているに過ぎん」
「時代遅れだっての。もう神の出る幕はないよ、現代は」
「黙れ裏切り者が!!!」


 ネミルが呆れた溜め息を吐くと、黒の宣教師の全身から圧倒的な冷たい殺気が吹き上がった。
 足元に生えていた草花が途端に枯れ果て、地面が黒く変色していく。
 大気すらが重たくまとわりつき、温度が急激に低下するものの、ネミルは何ら反応を示さない。


「裏切り者、ね。まあ、何とでも言ってよン。私にとっては、魔神とか聖神なんてどーでもよかったんだし。不老不死さえ手に入れちゃえば、トンズラするのなんて当たり前じゃーん」
「魔人の面汚しが」
「ノンノン。君が、執着しすぎなだけだよ」
「先ほどの攻撃といい、どうやら俺と敵対する気のようだな」
「んー……ほんとはね? メンドイから嫌なんだけどさ~。君がよけいな事すると、なんかもっとさらにメンドイことになりそうだしね~」
「……よかろう。裏切り者に粛正を」


 まるで手品のように、黒の宣教師の両手に、漆黒の細身の双剣が出現。
 ネミルは相変わらず緩んだ瞳のままで浮遊しながら。


「あっそ。んじゃ私もなんか格好良く言おうかな? えーっとね。老兵は……さっさと去れ! なーんちゃって♪」


 お気楽に言いざまに、その両手先に巨大な火炎球が生まれるや、合図も何もなく、眼下の黒の宣教師へと。
 
 二条の漆黒の軌跡が迸り。

 真っ二つに割れた火炎球の中を突き抜けてきた黒の宣教師が、浮遊するネミルめがけて疾駆する。
 慌てることなくネミルが魔法障壁を展開。
 が、一瞬の遅滞なく切り裂かれる。


「わお!? んじゃこれでどーだ!」


 おどけた様子ながらも、二重、三重と、幾重にも魔法障壁を瞬時に連続で構築。
 舌打ちと共に次々と魔法障壁を切り裂いていく黒の宣教師。
 見れば、足元に黒い球体を浮かべており、それをもってして空中にいるネミルへと攻撃をしかけていたようである。


「そんな芸当が出来るようになってたんだネ! 君も伊達に長生きしてないってわけか~♪」
「ごちゃごちゃと煩い奴だ」


 ついに魔法障壁を突破した黒の宣教師が、漆黒の双撃を叩き込んでくる。
 二条の斬撃が、無防備なネミルの身体へと吸い込まれていく──


「無駄だよン♪」


 まるで狙っていたかのようなタイミングで、すでに足元に展開されていた巨大魔法陣から火柱が吹き上がっており、噴火の如き真下からの業火が黒の宣教師を直撃していた。
 さらに、軽やかに飛翔して距離をとったネミルが両手を火柱へと向けるや、無数の火炎弾が出現・すぐに射出されており、連続する爆発が連鎖していき、やがては統合されてひとつの濃密な爆発へと。


 熱波と爆風がネミルの髪や服をかき乱していくも、浮遊する彼女はその場からは動かない。
 火柱は消えるものの、炎をまとう爆煙が立ち込める中、ネミルはその視線を煙へと向ける。


「さすがに死んだかにゃ?」
「──お前がな」


 いつの間に移動したのか。声は頭上からだった。
 急降下してきた黒い影が、ネミルへと襲撃。
 咄嗟に魔法障壁を張って直撃は避けたものの、衝撃までは殺しきれなかったようで、ネミルはそのまま地表へと叩き落されてしまう。
 そのまま追撃してくる黒の宣教師なれど、地表に激突する寸前にネミルが爆炎の鞭を片手に召喚しており、しなる爆炎の鞭が黒の宣教師を弾き飛ばしていた。

 ネミルが地表に激突してから間もなく、黒の宣教師も地面に落下。


「あいたたた~~……っ、ふう。さすがは腐っても魔人ってカンジ? 簡単には死んでくれないネ」


 服の誇りをパンパン払いおとすネミルは、言葉でこそ痛痒を示しているものの、これといってダメージはない様子だった。

 対して黒の宣教師は、片腕が消失していた。
 これにより、先ほどのネミルの爆炎の鞭を防ぐことができなかったのである。


「……あの崇高な大戦を逃げ出した割りには、やるではないか」


 生まれた闇が消失している片腕にまとわりつくや、その闇が変化してやがては新たな腕へと。
 その手には、すでにあらかじめ漆黒の細身剣が握られていた。


「勘違いしないでくれないかな~? 弱いから逃げたってわけじゃないよン? 私はね、無駄な戦いはしないってだけ」
「御託はいい。魔人としての力を与えられながらも、貴様は逃げ出した。それだけで万死に値する」
「あっそ。なんでもいーよ。私はさ、面白おかしく生きたいだけなんだよね。だからさ、それをぶち壊そうとする君は──」


 緩んでいた瞳が、初めて鋭く細められる。
 それに伴い、服から覗いている肌に黒い紋様が浮かび上がり、その全身からゆらりとしたオーラが漂い始めた。


「──消させてもらうよン」
「ほざけ!!!」


 ふたりの距離は一瞬でなくなり。
 次の瞬間には、その一帯が大災害に見舞われるのだった。

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