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丘の坂道
第288話
しおりを挟む「聞いとらんのか?辞めた理由は」
「そこまで興味ない。あんたが野球をやろうがやるまいが」
「練習せぇとか言うくせに」
「今はな?すぐサボるし」
「興味ないんやろ?」
「それとこれとは話が別」
どう別なんだよ。
つーか別にサボってねぇ
昔みたいにやってないだけだ。
そういうスタンスでやってんだから、とやかく言うなよ。
顧問じゃあるまいし。
「元々あんたは野球に興味なかったもんな?」
「…ああ、まあ」
「もし、キーちゃんに出会っとらんかったら、今頃何しとったんやろな?」
…知るかよ
考えたこともない。
まあ、適当になんかやってるんじゃねーの?
ワンチャン、将棋部とか
「将棋部ゥ!?」
「なんやその顔は」
「あんたが将棋なんてできるわけないやろ」
「言っとくけどわりと強いで?じいちゃんと昔よぅやっとったんや」
「いや、ないない」
「言うたな?勝負するか?」
「機会があったらな」
コイツにだけは絶対に負けない。
どうせ脳筋だろ?
6枚落ちとかでも全然いけそう。
…あ、でもあれか
コイツズルするもんな
時間止めて盤面をいじくり回しそう
そう考えたら勝てる気がしないな…
正攻法じゃ無理か…
「野球を続けたいとは思わんの?」
「どういう意味?」
「同好会とかやなくて、ちゃんとした野球を」
「今もちゃんとしとるやん」
「どこがやねん。まだメンバーも集まっとらんのに」
「やからそれはそのうち…」
逆に聞きたかった。
どういうつもりなんだって。
お前こそ、本気で野球をするつもりなのか?
入ったって公式戦には出れないし、朝練だってどうせ長続きしない。
言いたいことはわかるよ?
お前がなんで、あんなことを言い出したのか。
「あんたよりはやる気あるから」
「やる気の問題やなくない?」
「やる気の問題や」
「確かにお前は運動神経もいいし、投げる球も速いが、高校生レベルやないで?」
「レベルがどうとかは二の次やろ」
「いやいや、そこいちばん重要やから」
「壁にぶち当たってもええから、とにかく進む。そうやってキーちゃんは、上手くなっていったんや」
それはだから、小学生だったからじゃん?
高校野球に女子がいないのわかる?
野球に限らずだが、嫌でも男子との差はつくんだ。
遊びでやるってんならまだしも。
「それ、キーちゃんの前でも同じこと言えるか?」
「…ぐっ」
「結果を先に見ようとすな。やってみてからでも遅くないんやから」
説教臭いなぁ
やってみてから、ねぇ…
言うのは簡単だが、現実はそんなに甘くない。
もし千冬が野球を続けるって言うんなら、そりゃ応援する。
やれるところまでやってみたらいいとは思う。
アイツの人生なんだし。
それをとやかく言うつもりはねーよ。
「応援しない」って言ってるわけじゃないんだから。
「でも、高校でも野球を続けてるなんて、思ってもなかったんやろ?」
「…そりゃ、まあ。まさかとは思った」
「応援する気ないやん」
「応援するせんとかやなくて、単純にやな」
「ふーん」
「子供の頃なんてそんなもんやろ?何になりたいかなんて、まだわからんような時期や」
正直驚いたよ?
千冬が野球を続けてることに。
なんとなくイメージしてたんだ。
大人になったアイツの姿を。
だけど昔は、そんなこと考えてなかった。
ずっと同じ日が続くんだと思ってた。
明日も明後日もグラウンドにいて、アイツの投げる球を受ける。
なんでもできる気がしてた。
季節は変わらないもんだと思ってた。
甲子園球場によく足を運んでたのは、ただがむしゃらにボールを追いかけてる人たちを見るのが、好きだったから。
キンキンに冷えたマッチを飲み、アルプススタンドからダイヤモンドを見下ろしてた。
みんな一生懸命だった。
次の一球にかける全力投球。
金属バットの接触音。
ジリジリと降りしきる日差しの下で、ドッと歓声が沸く。
浜風がスタンドの上空に乱吹いてた。
スコアボードに刻まれていく0の数字。
ストライクのコール。
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