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丘の坂道

第279話

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 …なあ、聞こえるか?

 そんなところで何やってんだよ

 朝練があるって言って、手を引っ張ってきたのはお前だぞ?

 急いで支度したんだ。

 慌てて、自転車の鍵を外して…


 ベットのシーツがよれる。

 よくわかんない感情が込み上げてきて、立ってるのもしんどくなった。



 …千冬


 …なあ、千冬…


 返事をしてくれよ


 お前と今日、キャッチボールをしたいと思ってたんだ。
 

 昔みたいにさ?


 バカみたいな話で盛り上がるお前の横顔が、いつも好きだった。


 チュッパプスを口に咥えて、後ろ向きに被った帽子を、時々、被り直して。


 なんで黙ってんだ?


 なんで、寝たままなんだ?


 一緒に行こうと思ってた。


 一緒に、見たい景色があった。


 ただ、確かめたかったんだ。


 お前が生きてる世界にいるって…


 お前がそばにいるって…




 「亮平君!?」




 看護師の渡辺さんが、後ろから声をかけてきた。

 この前は俺のことを「知らない」って言ってたのに、いつもと同じ呼び方をする。

 急に病院に来たことに驚いたようだった。

 でも、驚くのは俺の方だ。

 何がどうなってんだよ…

 全部夢だったってのか?


 …いや、でも、そんなはず…



 「こんな時間にどしたんや?」

 「…いや、あの」


 何も答えられずにいる俺を見て、女は間を取り持った。

 最初は初対面である彼女に驚いたようだったが、俺の友達だって言うと、「ああ、そう」と頷いていた。

 渡辺さんは彼女から話を聞いた後、何かあったら呼んでくれと言ってくれた。

 病室には、俺たちだけが残った。



 「さっき言うたやろ。ここは元の世界や」

 「…元の…?」

 「ここにあんたが探しとるキーちゃんはおらん。少なくとも、さっきまでおった世界線上のキーちゃんは」



 …どういうことだよ…、それ…


 …ここには…いない…?


 「いない」ってどういうことだ…?

 
 嘘だったっていうのか?


 さっきまでずっと、目にしてたものは。



 「世界は元々1つしかない。2つの世界を、同時に行き来することはできん。——永遠に」

 「…はぁ?」

 「キーちゃんは1人しかおらんのや。この世界には」


 そんなのわかってるさ

 でも…


 夢なら覚めてほしくないと思ったことが、何度もある。

 現実から目を背けたくて、これからどうなっていくのかを、考えたくもなくて。


 目を覚まさないかもしれない。


 そんなこと、想像したくもなかった。

 明日なんて来なければいいと思ってた。

 たとえ雨が降り続けたとしても、新しい1日なんて来なくていい。

 できるだけ前を向かないでいようと思った。

 できるだけ、狭い歩幅で…


 「…さっきの世界は?」

 「もうここにはない」

 「ないってどう言う意味や!?」

 「落ち着け。あんたも見たやろ?空が落ちてくるのを」


 …落ちてくる?

 …空が?


 「どういうことや?」

 「隕石が落ちてきたって話は覚えとるか?」

 「…ああ」

 「世界は今も、雨が降り続けとる。隕石が落ちた日から」
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