280 / 394
丘の坂道
第278話
しおりを挟むカンカンカンカン…
遠くで遮断機が降りる音が聞こえる。
高架下で響く、車の反響音。
排気ガスの匂い。
街の明かりが、ビル群の中心から降りてくる。
人の流れは昼間よりもずっと速く、騒がしい。
部活帰りの男子校生が、コンビニの駐車場でたむろっていた。
歩道橋の段差に乗り上げながら、ガタガタと自転車を漕ぐサラリーマンが、色褪せたガードレールのそばを通過していた。
通りを挟んで、お店がたくさん並んでる。
最近できたばかりのカツ丼屋に、いつも人が並んでるラーメン屋。
生暖かい空気が、街の地下道を抜けてやってきた。
薄明の底に鈍く光る、ヘッドライト越しの街角。
イルミネーションの光。
街灯に集まる虫が、少しずつ濃くなる暗闇の中に息を潜めていた。
行き交う人の群れが、忙しい足取りのそばでバタバタと影を押し合っていた。
さっきまでいた、場所。
街の中心。
空は回転している。
青白く伸びていくいわし雲が、風に流されながら飛んでいる。
かすかに残る夕日のオレンジが、カーブミラー越しにうっすらと見えた。
千冬の声がする。
彼女の影が、…まだ、街のどこかに残ってる。
そんな気配が、頭の隅に残っていた。
あの角を曲がれば…
あの場所を過ぎれば…
そう何度も期待してしまう心が、鼓動を速くする。
体を動かす。
ハアッ、ハアッ、ハアッ
階段を登る。
廊下を走る。
千冬がいるはずがないと強く思いながら、地面を蹴った。
何も考えられなかった。
信じたくなかった。
女の言っていること。
今、自分がいる場所。
ここがどんな世界かなんてどうでもいい。
夢の先にいるアイツが、そばにいた。
ずっと近くにいたんだ。
信じられないくらい、近くに…
タンタンタンタンッ
病院の中の景色は変わらなかった。
アルコールの匂いと、生暖かい空気。
パジャマ姿の入院患者と、車椅子を押す看護師。
フロアの受付には竜胆の花が一本、花瓶に飾られていた。
真っ白な瓶に、淡い紫。
飾られたばかりなのか、花は生き生きとしていた。
ブゥゥゥゥゥンという鈍い音が、自動販売機のそばで聞こえている。
誰が描いたかもわからない、壁にかけられた抽象画の絵。
待合室で本を読んでいる子供と、緑の公衆電話。
できることなら、こんなところに来たくなかった。
昔からそうだ。
病院に来るたびに、いつも思い出す。
事故に遭った直後の千冬の顔が、嫌でも…
病室のドアを開けて、カーテンを開けた。
もしかしたら目を覚ましてるんじゃないか?
そう期待してしまう自分が、どこかにいた。
ドアを開けたら、——ひょっとしたら…
シューーーーー…
シューーーーー…
酸素マスクに繋がれたチューブ。
ピンクの掛け布団に、瞼を閉じた瞳。
…そんな
…嘘だろ
千冬が、そこにいる
ベットに横たわってる
その光景が、とても現実のものには思えなかった。
…だって……そんな………
さっきまで隣にいたんだ。
寝癖のついた髪に、バックについたお守り。
「千冬」って呼んだら、ちゃんと振り返ってくれた。
「何?」って返事してくれたんだ。
耳の中に残ってる。
彼女の澄んだ声色も、確かな声の質感も。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
自称「未来人」の彼女は、この時代を指して「戦前」と呼称した
独立国家の作り方
ミステリー
刺激の少ない大学生活に、一人のインテリ女子が訪れる。
彼女は自称「未来人」。
ほぼ確実に詐欺の標的にされていると直感した俺は、いっそ彼女の妄想に付き合って、化けの皮を剥ぐ作戦を思いつく。
そんな彼女は、会話の所々に今この時を「戦前」と呼んでいる事に気付く。
これは、それ自体が彼女の作戦なのか、そもそも俺に接触してくる彼女の狙いは一体何か。
【完結】愛してないなら触れないで
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「嫌よ、触れないで!!」
大金で買われた花嫁ローザリンデは、初夜の花婿レオナルドを拒んだ。
彼女には前世の記憶があり、その人生で夫レオナルドにより殺されている。生まれた我が子を抱くことも許されず、離れで一人寂しく死んだ。その過去を覚えたまま、私は結婚式の最中に戻っていた。
愛していないなら、私に触れないで。あなたは私を殺したのよ。この世に神様なんていなかったのだわ。こんな過酷な過去に私を戻したんだもの。嘆く私は知らなかった。記憶を持って戻ったのは、私だけではなかったのだと――。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
※2022/05/13 第10回ネット小説大賞、一次選考通過
※2022/01/20 小説家になろう、恋愛日間22位
※2022/01/21 カクヨム、恋愛週間18位
※2022/01/20 アルファポリス、HOT10位
※2022/01/16 エブリスタ、恋愛トレンド43位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる