上 下
192 / 299
霊術院出のエリート

第189話

しおりを挟む


 天守閣の影へと潜り込んでいた数体は、矢を掻い潜るための飛行を続けていた。

 影に入り込むや否や旋回し、天守閣の壁スレスレを飛ぶ。

 何本かの矢は屋根に接触し、散り散りとなった氷の結晶が宝石のようにあたりに飛び散った。

 キラキラと光に乱反射しながら、無数の粒が飛散していく。

 クリーチャーを追尾する矢の数は、距離を重ねるごとに低下していった。

 屋根と屋根の隙間を通りすぎる飛行は、矢の追跡を逃れるだけの“スペース”を着実に増やしていた。

 線から点へ。

 ——点から、線へ。

 直線的な動きは、矢が命中する確率、及びその「時間」を高めてしまう要因になる。

 クリーチャーは本能的に動く。

 上下左右、その全方向へのバリエーションを空間内に散りばめる。

 時折斜めに軌道を傾け、風を蹴る。

 急加速したように上昇したかと思えば、また、下降する。

 天守閣の周りを密着するように飛びながら、両者の軌道は入り組んだ線を紡いでいった。

 自由に空間を使うクリーチャーが、優勢に飛行範囲をコントロールしているように見えた。


 途中までは。


 クリーチャーを追う矢の数は減少していたが、それは遮蔽物とぶつかったことによる落下が“全て”ではなかった。

 クリーチャーが飛ぶ飛行圏内は、すでにチサトの領域だ。

 そして矢の数は数百本にも及ぶ。

 “自由に空間を動く”

 この場合で使える実質的な「スペース」は、クリーチャーが使える「自由」とは比較にならないほどの距離と奥行きを有していた。

 空間や時間はすでにチサトの掌の上だ。

 滑空を続けるクリーチャーの目の前に現れたのは、天守閣の壁の向こうから先回りしてくる大量の矢だった。

 クリーチャーを追跡していた「霧雨」の一部は、チサトによって掬い上げられ、逆の方向へと軌道を変えていた。

 クリーチャーを追う矢の数が減少したのはそのためだった。

 すでに半分近くは、先回りするように反対側への移動を開始していた。

 そして同時に、クリーチャーの意識を誤魔化せるだけの“カモフラージュ“も施していた。

 追跡する矢の数は、それ相応の魔力量を持っている。

 クリーチャーは「目」で矢の動きを認識する反面、自らの器官を使って魔力の動きを捉え続けていた。

 チサトの風域は、空間内のエーテル濃度をも操作できた。

 どれだけの矢が追ってきているか。

 その「認識」を得るためのクリーチャーの感知器官を阻害する。

 『ダミー』を擬似的に作り出していた。

 チサトならではの工夫だ。


 遮蔽物として使っていた天守閣の壁は、一時的な視界の死角としても効果を発していた。

 しかしキョウカやチサトにとっては、「死角」にはならなかった。

 飛行に意識を集中していたクリーチャーは、まさか目の前から矢の追跡が迫ってくるとは思いしなかった。

 エーテル粒子で構成されたあらゆるオブジェクトは、「複眼」を持つクリーチャーにとっては遮蔽物になり得ないケースが多いが、この場面は違った。

 後方への意識に集中した視点は、空間内に幾つかの死角を作るだけの意識の阻害を断続的にもたらしていた。

 追尾してくる矢が接触すれば、そこに「死」がある。

 その事象への対処に気を取られるあまり、前方から大量の矢が降ってくるとは思いもしなかった。

 もっとも、その「死角」を生み出したのは、チサトのダミーがあってこそだった。

 チサトのダミーは擬似的な矢の気配を作り出すことはもちろん、気配を一時的に”薄める”ことも可能だった。

 強烈な風によって音がかき消されるのと同じように、「風」を使って魔力流域を乱すことで、一時的な「認識」のズレを起こすことができる。

 飛行に意識を集中させていたクリーチャーに対しては、決定打とも言うべき有効な影響を及ぼしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

裏アカ男子

やまいし
ファンタジー
ここは男女の貞操観念が逆転、そして人類すべてが美形になった世界。 転生した主人公にとってこの世界の女性は誰でも美少女、そして女性は元の世界の男性のように性欲が強いと気付く。 そこで彼は都合の良い(体の)関係を求めて裏アカを使用することにした。 ―—これはそんな彼祐樹が好き勝手に生きる物語。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...