雨上がりに僕らは駆けていく Part1

旅立ちの日に

第６６８話

　私にできることはきっと何もない。

　そのことを頭の中でわかっていながら、少しでも、彼の足が速く動けるようにと思った。

　今さら、何かを変えることはできないかもしれない。

　それでも、少しでも前に進められるチャンスがあるなら、立ち止まっている暇はない。

　あの岬にはいつも風が吹いてる。

　それはきっと、亮ママの言葉が、この地上に生きているからだとも思う。

　もう２度と会えないかもしれない。

　もう一度、同じ世界を歩くことはできないかもしれない。


　…それでも、大切なことはきっと…




　タン、タン、タンッ




　ガラッ




　病室のドアを開けた先に広がるのは、静かな空間と、真っ白なシーツ。

　それから、バイタルの音。


　彼は私の手を振り解こうとはしなかった。

　少なくとも、この場所に来るまでは。

　だけど病室のドアを開けた時、手を握り締める感触があった。

　咄嗟に私も握り返した。

　私には、それ以上どうすることもできなかったから。


　ふと、横を見ると、私を追い越す彼の姿があった。

　カーテンの向こうにいる亮ママに、向かって。


　私は近づけなかったんだ。

　彼が足を踏み出した時、それにつられて前に進んでいこうとした。

　でも、動けなかった。

　理由は、わからない。

　ベットの前に立つ彼の後ろ姿を見ながら、しばらくして、私も亮ママの姿が見える場所に移動した。


　亮ママは、目を開けていた。