雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

文字の大きさ
上 下
663 / 698
旅立ちの日に

第662話

しおりを挟む

 鳳仙花の花が咲いている。

 それは時折あくびしたようにうんと背筋を伸ばして、花びらの先に、一雫の陽だまりが落ちた。

 ジメジメした空気が田んぼを駆ける。

 網戸の隙間から差す木漏れ日が、ひらひらしたカーテンを触り。

 

 どれだけの時が流れても、忘れちゃいけないことがある。

 彼はまだその“切先”に、触れてはいない。

 触れちゃいけないとも思う。

 だけどどうしたって、もう巻き戻せないんだ。

 じっとしてても、時間は過ぎるんだ。

 朝になって目が覚めたら、アラームが鳴るように。



 「ねえ、行こう」



 彼はピクリともしなかった。

 その場に立ったまま、視線はおぼつかない。

 あの日もそうだった。

 きっと。

 亮平は言えなかったんだ。

 どうしても、諦めたくない気持ちがあって…


 所詮それはただの「言葉」だって、私なら思う。

 だけどずっと後悔してるんでしょ?

 そのことを、今のあんたは知らないかもしれないけれど。


 「行かん」


 なんだって…?

 聞き返そうになったが、やめた。

 こうなったら力ずくで行ってやる。

 右手を掴み、根っこから引っこ抜こうとした。

 そこでじっとしてたってなにも始まらないんだ。

 空を見てみろ。

 もうすぐ雨が降る。

 予報じゃ、「今日の午後からだ」って。

 
 「大体、誰に聞いたんや!」

 「はあ!?」

 「電話のことや!」


 …そんなの、いちいち説明してる時間はないんだよ。

 なんでもいいだろ、そんなことは。


 「あんたのこと、待っとるんやで!?」


 確証は持てなかった。

 でも、きっとそうじゃないかと思った。

 亮ママは、あんたのことが大好きなんだ。

 説明がいらないくらいに。


 「お前になにがわかるんや??」



 …そりゃっ


 思うように言葉は出てこなかった。

 そりゃそうだ。

 私にはなにもわからない。

 あの日のあんたが、後悔してるということくらいしか。


 本当は、ここに来るべきじゃなかったのかもしれない。

 余計なことはせずに、ありのままの時間を過ごせばよかったかもしれない。

 ここに来る時も思ったんだ。

 もし、亮平がいたら、なんて言うのがいいのだろう。

 なんて声を掛ければ、未来を変えられる?


 …いや、「未来を変える」なんてバカげてる。

 今さらながら、そう思う自分がいた。

 だって、本当に未来を変えられるんなら、こんな会話すらしなくて済むんだ。

 あんたの、そんな顔を見なくて済むんだ。

 それはわかってるんだよ…


 だけど
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女 彼女は、遠い未来から来たと言った。 「甲子園に行くで」 そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな? グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。 ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。 しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。

処理中です...