雨上がりに僕らは駆けていく Part1

がんばれ、負けるな

第６４６話

　ここに来る前、キーちゃんは言ってた。

　２人が二度と、すれ違えなかった理由。

　それはきっとお互いの「夢」が、——見ていた夏の景色が、違う空に変わってしまったからかもしれないと。

　かたや晴れの日を探し求めてた。

　かたや雨の日を探し求めてた。

　彼がバットを握ってたのは、その手で未来を切り開こうとしてたからだ。

　真っ向から、勝負しようとしてた。

　負けるかもしれない。

　その可能性が頭にかすめても、戦うと決めて。

　
　今しかできないことがある。

　最初の一球にしか、たどり着けない今日がある。

　隕石が落ちる前の、真実が消える前の岸辺にしか、触れられない「夏」がある。

　だから諦めたくなかった。

　ど真ん中に来るストレートを打ち返そうと思ってた。

　それで負けようが悔いはなかった。

　肝心なのは、逃げないこと。
　
　それしかないと思ってた。

　今日に触れられる一瞬は。



　キーちゃんはそれを認めたくなかった。

　それは明白なんだ。


　…それでも


　キーちゃんは、今も走り続けている。

　私にはわかる。

　マウンドに立とうとしてること。

　今も、この時も、自分の夢を叶えようとしていること。

　それがどれだけ途方もないことかってのも…


　もうマウンドには立てないんだ。

　最初で最後の一球は、夏の中に掻き消えた。

　キーちゃんはわかってた。

　心の中では。

　ストレートを投げることができるタイミングは、もう永久に、無くなったこと。

　亮平にはもう会えないんだってこと。

　でもだから、…走ってた。

　遅れちゃいけないと思ってた。

　時間には限りがある。

　振りかぶったら、立ち止まることは許されない。

　静止したマウンドのプレート。

　その中心を突き、踏み出した足。

　勝つか負けるかじゃない。

　信じれるかどうか。

　全体重を、預けられるかどうか。