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風の通り道

第632話

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 公平くん家の近くのコンビニに寄り、おにぎりを買った。

 ミッション開始時刻に近づくと緊張してきた。

 みんながいるからなんとか落ち着いていられるが、1人だと絶対に無理。

 …足が震える。

 ちょっとでも気を抜いたら、失敗しちゃうかもって不安がよぎり。


 でも、1人じゃない。

 前回もそうだった。

 普段はインドアの綺音が、嘘みたいに先陣切って家のドアを突き破る。

 中学時代はどこかサバサバしてるなと思ってたアキラの性格が、暑苦しいなと思うくらい熱血な部分を見せてきたり。

 男勝りなリリーも、いざという時は頼りになる姉御肌のさくらも、笑顔が飛び抜けて可愛いミッキーも。

 今日はここにいる。

 だからやってやろうぜって気持ちになれる。

 不安もあるけど、どっちかっていうと期待の方が大きかった。

 キーちゃんも、隣にいるし。

 

 コンビニで再度作戦を練っている後ろで、亮平もバイクに乗ってやって来た。

 まさか本当に乗るとは思わなかったが、どうやらずいぶん前から無免許で練習してたらしい。

 あとから違う車で来るんだと思ってたから、その姿を見てみんな驚いてた。

 コンビニに入ってなに買うのかと思ったら、エナジードリンクと、バナナ1本。


 「そんなんで朝足りるんか!?」

 「お前こそ、おにぎりだけやん」

 「私はほら、女の子やから」

 「………フッ」


 …今なんで鼻で笑った?

 ちょっと殴りに行ってくる、と、席を外そうとしたら止められた。

 「遊ぶな遊ぶな」と言われ。

 だけど誰かあいつを説教しろよ。

 結局作戦会議にだって乗り気じゃないし、バナナの皮剥いで呑気に構えてるんだが?



 「まあまあ、いざって時は助けてくれるよ。乗り気やなかったらここまで来んやろ?」


 アキラは亮平に甘すぎ。

 甘やかすとろくなことないんだから…

 ガミガミ文句を垂れつつも、頭から離れずにいた。

 想像以上のヤンキーになって、口も聞かなくなった「未来」のこと。

 多分、タイムリープしてなければこんなふうに話さなかっただろう。

 少なくとも今は、少しだけ彼のことがわかったような気がしているから、大目には見れるが…



 「…どした?楓。ぼーっとして」

 「あ…、ううん。別に何もない」


 私たちは車から降りて、公平くん家まで徒歩で向かうことにした。

 家の周りに車なんて停めたら目立ってしょうがないし、犯人が引き返す要因にもなりかねない。

 それにきっと、人目に映らないチャンスを伺ってた筈だ。

 だから犯人に見つからないように隠れておくのが先決で、事件が遭った過去と同じように、完全に気配を消しておかなきゃいけないだろう。

 コンビニのコピー機で印刷した周辺マップの図面に、カラーペンで目印を付けていく。

 侵入経路や出口、裏庭に続くまでの距離の換算や町道との連動、それから、それぞれの配置。

 ひとまず、お姉さんを含めて9人は散り散りになり、指定の場所に行くことにした。

 私とキーちゃんとさくらは正面玄関手前の物置小屋の中。

 アキラと綺音とリリーは家の横の窪地。

 そしてミッキーと亮平とお姉さんは、町道入り口付近の道端。

 お姉さんとミッキーは、亮平とは逆のもう1つの入り口で待機し、進入する車があった時の「電話報告」を担ってくれていた。


 キーちゃんと一緒に、鍵のかかっていない小屋の中に入り、打ち付けられた木の板の隙間から外の様子を見た。

 30メートルほど先にある公平くん家。

 時刻は今7時半だが、とくに変わった様子はない。

 ここからは裏庭も見える。

 公平くんたちはまだいなかった。

 物静かな、朝の時間って感じ。


 みんなが配置についた後、ラインで連絡を取り合う。

 異常は無いか、細心の注意を払って周りを見ていた。

 ここから、「世界」がどう動くのか。


 この前の事件みたいに、怖くて足がすくんでしまう可能性もある。

 あの時思ったんだ。

 私たちが「人を助ける」なんて、本当にできるのか?って。

 「自分」にできることってなんだろう。

 タイム・パトロールズが、存在する意義ってなに?

 そのことを考える「時間」や「距離」が、過去と未来の真ん中で揺らめいている。

 未来を変えること。

 誰かの「時間」に触れること。

 その矛先に向かって手を伸ばせば、世界は明日、晴れるのだろうか?


 カオスメカニズム。

 バタフライエフェクト。

 上空10,000mと、時速約1700kmの自転速度。

 積乱雲。


 大学の研究室にある横長のホワイトボード。

 誰かが書いた、

 『クルスカル座標系 Kruskal-Szekeres coordinates』

 の速記文字。

 ブラックホールのシュヴァルツシルト幾何学の座標系の計算式が、そこにある。

 そのすぐ下に書かれた、「タイムクラッシュ」のローマ字。

 時間を変えることの副作用の先にあるものが、どんな未来を連れてくるのか。

 事故に遭ったあの瞬間を思い出すんだ。

 排気ガスの臭いと、眩しい光。

 その「光景」を。

 今日という1つの選択が、信号を青にするのか、それとも赤にするのか、それはまだ、わからない。

 キーちゃんに尋ねた。

 自分たちの活動が、本当に何かの役に立てているのかどうか。

 だけど、キーちゃんはなにも言わなかった。

 「正しいと思うことをすればいい」って、それだけを伝えて。


 公平くんたちが家から出てきたのは、7時45分。

 ラインでメッセが送られてきた。


 「公平くんをずっと見とくから、町道側の確認よろしく」


 了解。

 亮平とお姉さんの方は異常なし。

 小屋の中で気配を消して、360度の視界を展開する。

 6月の中旬らしい暖かい光が、空から真っ直ぐ落ちてくる。

 雲を運ぶ地球の回転。

 そのスピードは、決して「未来」のラインを越えない。

 現在と現在の中央に吹く暴風が「時間」なら、その風上の先に、たった1つの「運命」の分かれ道がある。

 私たちはその″先端″に立ちたかった。

 0.1秒の先に、何かを変えられるチャンスがあるなら、その時間の向こう側に立ちたい。

 だから動くなら、「今」しかないと思うんだ。時間は待ってはくれないのだから。



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