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風の通り道

第624話

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 駅でみんなと別れたあと、私とキーちゃんは大学に向かった。

 公平くんの事件について、もう少し詳しく調べられないかと思って。


 星の綺麗な夜だ。

 神戸の街のライトアップが、途切れることなく続いている。

 橋の上で反響する自動車の排気音。

 追越車線の向こう側へと逸れていく、バイクの被写体。

 いつも以上に空が高く、それでいてたくさんの星が、闇の彼方へと散りばめられていた。

 かすかに浮かぶ雲の流れは穏やかで、波の音が聞こえる間際の静寂を掴み、月明かりが、海の水面を泳いでいた。

 自転車の後ろで、意味もなく尋ねた。

 きっとそれは、思いつきなんかじゃなく。


 「どこに行く?」


 行き先も目的も、はっきりしてた。

 でも、思わずそう尋ねたのは、満天の星空にかかる天の川が、何万光年もの距離を繋いで、光の“尾根”を攫っていたからだ。

 車輪の下で揺れる街の輪郭が、キーちゃんの背中越しにがたがたと通り過ぎていく。

 流れ星が落ちる軌跡。

 果てしない航路へと逸れていく、何億年もの未来。

 時間の淵に沈むわずかばかりの重力を、いつかの「今日」は探している。

 なんだかそんなとてつもない遥かな気配を、頭の片隅に予感しながら。


 「楓なら、きっとどこにでも行けるよ」


 キーちゃんは笑いながら、ハンドルを切る。

 耳にかけた髪が暗闇の中に攫われるように、柔らかな曲線を描いていた。

 息を吐く瀬戸際。

 ——風が通り過ぎる今を追って、世界は動いている。

 それを言葉にすることはできず、——まして、目で追えるほどの確かさはまだ、“どこにも”なく、気がつけば見慣れた彼女の背中に、顔をうずめた。

 柔軟剤の香りがする。


 「公平くんはきっと見つかるよ」

 「え?」

 「ほら、いざとなったら楓がいるし」


 いざとなったら?

 何を言い出す。

 それにまだ行方不明になってなくない?

 事件は来週だ。


 「いや、ほら、ここじゃないどこかの世界では、公平くんはいなくなってるわけで」

 「…ああ」


 たしかに。

 大学に行く前に海岸線のベンチに座って、星を見てた。

 曇りの予報にしては、あまりにも綺麗だったから。


 「もし、何億光年先にも、出会えない時間があるとしたらどう思う?」

 「数字がでかいな…」

 「例えばの話よ」


 例えば…

 そうだな、そんな時間が仮にあるとして、どうやったらそこに近づくことができる?

 走って?

 歩いて?

 ——それとも


 「近づくよりも遠ざかる方が速かったら、意味ないよね」

 「大体、「出会えない時間」ってなんやねん。変な感じ」
 
 「私と楓が、出会えないかもしれない時間だよ」

 「出会えとるやん」

 「まあ、そうだけど」


 見慣れた神戸港も、明石海峡大橋の夜景も、潮風の緩やかなうねりに揉まれて、静かな夜を揺り起こさないように、優しい質感を紡いでいた。

 ハーバーランドのカラフルなイルミネーションは、光のあぶれた色彩の変化が、水彩画のような曖昧な線と点の間にもつれつつ、ジリジリと揺れていた。

 地平線は真っ裸だ。

 さざ波が落ちる場所も。

 瀬戸内海に浮かぶ、ポートタワーの明かりも。
 
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