上 下
620 / 698
【第9章】世界が終わる前に

第619話

しおりを挟む

 こうして先輩と話してるのも、不思議な感覚だ。

 つい最近まで、違う制服を着て、違う帰り道を歩いていたのに。

 あれは「夢」だったんだろうか?

 先輩から告白されたこと。

 それが、今でも信じられない。


 いつか、同じ空を見上げて、須磨の街の夜の下で、鼻歌まじりに一緒に歩いた。

 バスケ談義ばかりでつまらない先輩のトークに、垢抜けないファッション。

 ポーカーフェイスの表情がたまに見せる愛くるしい笑顔は、私の中で癒しだった。

 あ、そういえば、こんな表情してたな

 って、思い出の中に眠っていた「過去」と、すれ違う今。

 
 「今」ってなんだろう。

 そう考えることが、最近はよくある。

 過去と未来の境界にあるものが、「今」?

 それとも、時計の針の先端が揺れる一瞬が、今っていう「時間」なのかな?

 だとしたら、私は今、過去にいるわけではないのかもしれない。

 未来という瞬間が生まれる先端に立ち、時計の針が動く手前側の「距離」に、いるのかもしれない。

 だって「今日」が「いつ」かを、確かめる方法なんてないんだから。

 通い慣れたはずの道が、どこか遠い景色を見せる。

 まるで一緒にいることが当たり前であるかのように、先輩は笑っているけれど。


 先輩は立ち漕ぎしながら、河川敷の横を通った。

 線路の向こう側にある東町を下り、妙法寺川沿いの土手を走る。

 板宿に行く時は、この道がいちばん近いから。

 線路沿いの道をまっすぐ行くのもいいんだけど、こっちの方が景観が好き。

 川の向こうに見える地上30階建てのシティタワー。

 川の上を横切る中央幹線。

 兵庫区に繋がるこの幹線は、神戸の街並みを繋いでいる。

 山と海、ビルとコンクリート。

 河川敷を横切れば、広い神戸の街の上を歩いている気がした。

 春になると、ここは桜街道になる。

 板宿にあるおばあちゃん家に行く時や、自転車で兵庫区に行く時は、この道を通って、そのまま海に出ることもよくあった。

 風通しがよく、ゴミゴミしてないから、自転車がぐんぐん進むんだ。

 土手の上を吹き抜ける風に乗って、北へ南へ、どこへでも行ける気がした。

 六甲山の上流水が、街の喧騒の横を流れると、それが色鮮やかなせせらぎとなって、静かな日常を連れてくる。

 下中島の交差点。

 神戸貨物ターミナルの建物と看板。

 阪神高速3号線と、神戸港。


 ペダルを漕ぎながら、上流側に向かって進んだ。

 川沿いの遊歩道の手すりの下で、街灯の明かりのそばを泳いでる魚。

 妙法寺川は小さな川だから、流れはキツくない。

 だから水面の下を泳ぐ魚が、透き通る水の中で自由に行ったり来たり。

 なんていう名前の魚かは知らないけど、上流に向かって泳いでるヤツもいた。

 大きい体をして、私たちよりも早いスピードで。

 なにも、川の流れに逆らって泳がなくてもいいのに…。


 「過去」に置いてきたはずの時間が、昨日の私を追い越そうとしてる。

 そのスピードを背後に感じながら、通り過ぎた街の交差点。

 その時信号は、「青」だった。

 青色のランプを見て感情が微かに揺らいだのは、まだ、自分が、道の反対側に行ける気がしなかったから。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

継母の心得 〜 番外編 〜

トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。 【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】

サマーバケーション

平木明日香
SF
中学時代から豪速球で名を馳せた投手だった橘祐輔(たちばなゆうすけ)は、甲子園出場をかけた県大会の決勝で、まさかの逆転負けを許してしまう。 それ以来、自分の思い通りにプレーができなくなってしまっていた。 『野球を辞める』 そのことを真剣に考えていた矢先、学校に向かう道中だった電車が、脱線事故を起こしてしまう。 祐輔はその事故の影響で、意識不明の重体に陥っていた。 そしてもう一人、電車に同乗していた安藤三夏(あんどうみか)という少女も、頭を強く打ち、目を覚まさなくなっていた。 2人は、子供の頃からの幼なじみだった。 高校では別々の道を歩み、連絡ももう取らなくなっていた。 中学時代の、ある“事件“以来… 目を覚ました三夏は、自分が祐輔の体の中に入っていることに気づく。 病室のベットの上で、眠ったままの「自分」の姿を見ながら、祐輔の意識が遠のいていく気配を感じていた。 子供の頃に交わした約束。 心のうちに秘めた想い。 もう2度と、再会することのなかったはずの2人が、最後の夏に駆けた「夢」とは?

私は家のことにはもう関わりませんから、どうか可愛い妹の面倒を見てあげてください。

木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるアルティアは、家で冷遇されていた。 彼女の父親は、妾とその娘である妹に熱を上げており、アルティアのことは邪魔とさえ思っていたのである。 しかし妾の子である意網を婿に迎える立場にすることは、父親も躊躇っていた。周囲からの体裁を気にした結果、アルティアがその立場となったのだ。 だが、彼女は婚約者から拒絶されることになった。彼曰くアルティアは面白味がなく、多少わがままな妹の方が可愛げがあるそうなのだ。 父親もその判断を支持したことによって、アルティアは家に居場所がないことを悟った。 そこで彼女は、母親が懇意にしている伯爵家を頼り、新たな生活をすることを選んだ。それはアルティアにとって、悪いことという訳ではなかった。家の呪縛から解放された彼女は、伸び伸びと暮らすことにするのだった。 程なくして彼女の元に、婚約者が訪ねて来た。 彼はアルティアの妹のわがままさに辟易としており、さらには社交界において侯爵家が厳しい立場となったことを伝えてきた。妾の子であるということを差し引いても、甘やかされて育ってきた妹の評価というものは、高いものではなかったのだ。 戻って来て欲しいと懇願する婚約者だったが、アルティアはそれを拒絶する。 彼女にとって、婚約者も侯爵家も既に助ける義理はないものだったのだ。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」  信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。  私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。 「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」 「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」 「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」  妹と両親が、好き勝手に私を責める。  昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。  まるで、妹の召使のような半生だった。  ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。  彼を愛して、支え続けてきたのに…… 「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」  夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。  もう、いいです。 「それなら、私が出て行きます」  …… 「「「……え?」」」  予想をしていなかったのか、皆が固まっている。  でも、もう私の考えは変わらない。  撤回はしない、決意は固めた。  私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。  だから皆さん、もう関わらないでくださいね。    ◇◇◇◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです。

処理中です...