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【第9章】世界が終わる前に
第616話
しおりを挟むホームルームの後、教室の掃除をしながらベランダに出て、黒板消しをポンポンと叩く。
ホコリっぽい空気を吸い込んで咳き込んでしまった。
独特なツンとした匂いが鼻を掠めた。
ゴホッ、ゴホッ…
ホウキの先のゴミを取り除きに外に出てきたハツが大丈夫?と声をかけにきた。
大丈夫大丈夫。
15分間の掃除の後、各自机を戻したり掃除道具を片付けたり。
リリーは竹箒を持って、一階の下駄箱付近で男子と野球してた。
新聞紙とガムテープでぐるぐる巻きにしたボールを投げるA組の生徒。
右足を大きく上げ、フルスイングでそれをかっ飛ばすリリー。
…いや、掃除しろよ…
「おい楓!あんたも来なよ!」
遠慮しとくわ。
あんたみたいに短パン履いてないしパンツが見える。
男子顔負けのフルスイングでドヤ顔できるのは、この学校であんたくらいだよ。
その様子を見ながらハツは爆笑してて、凛って面白いよねと、ベランダから遠巻きに眺めていた。
ハツにも一応話はしてみたんだけど、メンバーにはなってない。
でも時々、部室にやってきてくれるんだ。
ハツだけじゃなくて、沙希も。
沙希とミッキー(藤田美貴)は同じ軽音部で仲良いから、放課後終わりに立ち寄ってきては、「オッス!」と挨拶だけ交わして去っていく。
部活がない日は参加してもいいよと言ってくれた。
参加するって言っても、やることはあんまないけどね。
今日はデータのコピーと編集。
職員室に行ってA4の用紙を貰い、内山田先生にPTAの定例会議の参加について、諸々相談しなきゃいけないことがある。
アキラと綺音は先に体育館に行ってしまった。
ったく、雑務をちゃんとしろよ雑務を。
キーちゃんは大学に行っちゃったし。
「手伝おうか?」
「お?いいの!ありがとぉ。さすが我らがミッキー」
さくらとリリーは部活終わりに寄ってくれるみたいだ。
だけど今日は大丈夫。
忙しいのは木金。
あとでラインで送っとこ。
「明日はよろしく」って。
「このデータコピーしたら、そこの棚に置いといてくれる?」
「オッケー」
「よし!じゃあ今日は終わり!片付けるか」
「さくらが今日6時には終わるって」
「大丈夫大丈夫。今からライン送るとこ」
ミッキーは軽音部だから、体育館には行かない。
別館に専用スペースがあって、いつもそこで仲間と練習してる。
この前は売店で焼きそばパン買って、ミッキーと一緒にギターを弾いた。
弾いたっていうか、初めての″実技講習″というか。
初回限定無料サービス。
次回からは有料ね?って言われた。
5弦の3フレット目に手を当てて、「ド」の音を響かせる。
1つ隣の弦を弾く。
この時左手はどこも押さえない。
なにも押さえてない4弦をベーンと弾くと、「レ」の音が現れる。
「レ」で弾いた4弦、それの2フレットを押さえて弾くと、今度は「ミ」が。
軽音部は軽音部でめちゃめちゃ楽しそう。
好きな曲を好きなだけ演奏できる。
それにギターを弾けるなんてカッコ良すぎる。
時間はかかるだろうけど、弾けるようになったら梨紗が驚くだろうな。
カラオケで一度も高得点を取れない私が、華麗に弦を弾いて、鼻歌交じりに音楽を奏でていたら。
「じゃあ、また明日ね」
本館の入り口で別れ、体育館に向かった。
「よ!」
更衣室に入る前に肩を叩かれた。
何事かと思い後ろを振り向くと、雄也先輩がいた。
「…あ、どうも」
「なんや元気ないなぁ。具合でも悪いんか?」
そんなことはない。
朝からミスドに寄って、エンゼルフレンチを3つも平らげるくらい調子の良い日だ。
なんていうか、その…
なんだろう。わからない。
「着替えたら一緒にフリースローせん?」
「…オッケーです」
ロッカーにショルダーバックを投げ入れる。
緊張する手が悴んで、バッシュが片方滑り落ちた。
食べかけのカロリーメイトを口に入れ、鏡の前で前髪を気にする。
(なにやってんだ私…)
雄也先輩を見て緊張するとは。
昔、憧れだった先輩だ。
バスケットの「先生」でもあり、師匠だ。
…いや、同じ意味か?これは。
実は同じ高校に入ってるんだ。
未来では。
時々同じ電車に乗って、マックを奢ってもらったり。
あれは夏になる前の頃だった。
突然電話で呼び出され、待ち合わせた駅のホーム。
何事かと思ったんだ。
わざわざ電話で何の用かと。
部活終わりのことだった。
「付き合わん?」
その先輩の言葉が、走り去っていく電車の車輪の音に紛れながら、届いた。
「お!楓、ストレッチ手伝ってや?」
「…ああ、うん」
綺音が更衣室に入ってきて、お茶をがぶ飲みしてる。
ウインドブレーカーはやっぱり暑いから脱ごう。
4月中旬までは、夕方から少し冷え込む日があったが、最近はすっかり温度が上昇した。
梅雨入りがもうじきだから、そうなったらムシムシするだろうな。
夏は嫌いじゃないが、湿っぽいのは嫌だ。
体育館内は風も当たんないし、熱気がこもるし。
仰向けに寝転んだ綺音の肩を押さえ、右ひざを曲げて左側に倒す。
綺音の体は柔らかいから、どこまでも倒せそう。
逆に私は硬いから、押さえられる側になったときは、細心の注意を払ってもらう。
痛い痛い!って叫んでんのに容赦ないからさ?
この前なんかこれ以上曲がらない!って言ってんのに、開脚した股関節がちぎれるくらい、背中を押さえつけられた。
そのお礼に、倉庫にあった謎のツボ押し棒を使って、肩甲骨付近を激しく攻めてあげたけど。
「雄也先輩って、運動神経いいなぁ」
高校に上がって、身長も10センチ以上伸びてた。
だから未来では180近くあって、体つきもしっかりしてた。
ダンクも余裕で決めてるくらい、ジャンプ力が上達してた。
おまけにフットワークが健在だから、2年生エースとしてチームを引っ張ってた。
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