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墓標のない土地
第551話
しおりを挟む——もうすぐ、夏が終わる。
今年が最後の高校生活になるから、彼女と2人で、色んな場所に行こうって、約束していた。
今週の日曜日には、一緒に海に出かける。
前々から、なにか思い出を残そうかなって、よく話し合ってた。
私たちの住んでいる街のたくさんの場所で、形として残るものを見つけて、2人だけの思い出を見つけていこうって決めてた。
山に出かけたら、その頂上に登って景色を見る。
川に行ったら、綺麗でツヤのある石を拾う。
砂利道、草むら、道路の向こう側、そのいくつもの場所に、私たちは何かを探してた。
何かを探して、何かを手にしたかった。
この一瞬のうちに過ぎていく時間と日常を、どこかに残していきたかった。
飾らない写真、2人だけが知っている場所、初めて、手をつないで歩いた道路。
今年も楽しい夏休みが終わって、今度は海に行こうってキーちゃんが言ってきたんだ。
海に着いたら、貝殻を拾おうって。
いくつか集めたら、2人だけのネックレスを作ろうと約束した。
本当は夏休みの間に行きたかったみたいなんだけど、お互い忙しかったからね。
夏が終わる前に、水着を着てさ、思いっきり日光を浴びようか。
その横で、瀬戸内海の涼しい横風を2人だけのものにしてやろうか。
もうすぐ、もうあと少しの間夏は続いているから、きっと、明日にでも。
キーちゃんと別れて、家に続く方角を目指しながら、少しだけ早く歩くことにした。
少しだけ、と言っても、それはほんの気持ち程度。
家に向かって伸びていくアップテンポが、夕暮れ時の太陽の光にかぶさって、ほんのりと青白い。
——移り行く建物の影。散在するアスファルトの亀裂。道ばたの猫。
街はどこまでも続いている。
学校の終わりを告げるサイレン。
その午後の真下で、1日の疲れがどっと背後からやって来る。
明日に追いつきそうで追いつかない。
そんなやるせない感情が、今日も街の中を泳いでいる。
登下校の道のそばで、うつむきがちな視線は、重たい頭を持ち上げない。
思うようにいかないことが1日の中でたくさんある。
それを一々手を伸ばして拾い集めていると、どうしようもなくかったるくてさ。
嫌なんだ。
悩み事1つ失くしたいなんて思わない。
でも、正直言うと、不安でたまらない時があるんだ。
女々しい奴だってことくらいわかってる。
自分がどうしようもなく臆病で、だらしのないやつだってこと。
だけどふとした瞬間に、このままでいいのかなって立ち止まる。
そんな自分の背中を両手で押しながら、悩む時間があったっていいじゃない、べつに。
弱気になる自分と肩を寄せ合う、そんなみっともない時間が、いつか本当に無くなる日が来るのかなって思っても、将来についてまだなんにも考えられなくて。
立ち止まって考えるんだ。
家に帰る道のそばで、ちゃんと明日、空が晴れるかどうか。
きっと誰もが、心のどこかでそのことを期待しながら、前に進んでいけるかどうかを見極めようとしている。
ねえ、キーちゃん。
あんたが言うようにさ、運命なんてものはないんだから、ちゃんと努力しないといけないのはわかるんだ。
今日の授業だって、へんに肩ひじ張らなくても、純粋に頑張れる気持ちがあれば、それでいい。
ノートには美しい文字を書く。
赤ペンでサラサラッと要点を線で引いて、1から10まで予習できたら、次回のテストはきっと良い点数が取れるはず。
のんびり1日を過ごしているだけじゃあ、一人前の大人になんてなれないよね?
だからってべつに将来について考えなくても、今が楽しければそれでいいとも思う。
あんただって、いつも私にこう言うじゃん?
「これからどこに行く?」
って。
教室の隣の席、部屋の窓辺、バス停のベンチ、東京行きの片道切符。
学校の帰り道、2人で自転車に乗りながら、指を差してさ。
腕時計に走る時計の針を止めて、どこか遠い場所に行こうと、いつも言ってた。
だから、走ったんだ。
どこまでいくかは、まだ決めずに。
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