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墓標のない土地
第545話
しおりを挟む【ある世界線でのこと】
……………………………………………
………………
………
「50%の命の話、楓は知っとる?」
何の気なしに言った友達の一言が、授業中にノートを取る私の隣で木霊する。
「知らない」
さも当然というふうにその言葉に対して返答すると、その友達は、どこからか取り出してきた1個のサイコロを机の上で転がして、こう言った。
「シュレーディンガーの猫のパラドックスっていうんやけど、これがそう」
「はあ?」
私はムッとした表情で友達を見る。
今、忙しいんだけど、といった目つきの悪さで牽制すると、友達はゴメンといいながらもう一度サイコロを転がしてきた。
出た目は6。3、2、4、、、、、
一生懸命ノートを取っている傍らで、何度も何度もサイコロを転がして、私の邪魔をしてくる。
机の上で転がり、パタッという音と一緒に、6分の1の確率でいずれかの目に止まると、また、友達はそれを手で持ち上げてサイコロを落とす。
今度は1の目が出る。
「井本が言ってたんやけど…」
はいはい、と半分適当に受け流しながら話を聞く。
友達はその横でサイコロを転がし続けながら数学の先生が教えてくれたことをひけらかし始めた。
「この世界は確率で動いとるんやって。やから、次に何が起こるかは、まだわからんらしい」
へえ、そうなんだ。
内心授業のことで頭がいっぱいで、友達の話どころじゃなかった。
友達はキーちゃんというんだけれども、彼女はそんな上の空の私を撫でるように見ながら、話を続けていた。
「おかしな話よな。確率でしか未来が確定できんなんて」
確率。
それはこのサイコロのことなんだろうか?
1が出るか6が出るか、あるいは3、2、どれが出るか、そのことを言っているんでしょうか。
「井本が言うには、次の瞬間にサイコロがどの目になるか、予測することは不可能なんやて」
「そりゃそうやろ」
当たり前だろ、そんなもん、と、黒板に向かって集中していた顔をチラッと彼女の方に寄せた。
だってそうじゃん。
もし次に出る目が予測できたら、単純な話、カジノで大儲けできる。
明日の天気予報は100パーセント晴れですって言ってるようなもんだ。
天気予報士なんていらなくなっちゃう。
「それでは明日の天気を見て行きましょう」という、あの落ち着いたニューストークの音頭がなくなっちゃうと考えると、淋しい。
「でも、それがそう単純な話でもないんよ。もし次に出るサイコロの目が決まってへんとしたら、過去に起こる出来事と未来に起こる出来事が、1つの「時間」の中に集合しないことになってまう」
……おいおい、待て待て。
私が今何に集中してるか知ってる?
机の上に無造作に開いた英語の教科書を指差して文句を言う。
時間がなんだって?
未来が過去が?
いつからこの話はそんな壮大なことになったんですか?
私は今ノートにbe動詞についてbeとかamとかisとかを学習しようとしてるのに、よくそんなことが口から出てくるね。
お蔭さまでwereの綴りが一瞬消えてなくなった。
あぶねえあぶねえ。
「それでね…」
「それでね、じゃないよ」
私は牽制した。
ちょっと待てと言った。
キラキラしながらサイコロを握り、井本に刷り込まれたことを「それでそれで」と伝えようとしてくれている様子を両手で突き放して、途切れかけた集中力を頭の中に引き戻そうとした。
試験はもうすぐだ。
モタモタなんてしてらんない。
英語は苦手分野だから、出遅れるわけにはいかない。
ごめん、キーちゃん、と言ってその場は逃れた。
けど、英語の授業が終わると同時にさっきの話を再開したがっている熱視線が彼女の瞳の中にあった。
それに気づいて私は、「それで未来がどうだって?」と足組をしながら、話を聞いてあげることにした。
隣の席で彼女はノートを持ち出して、シャーペンで図を描くように簡潔に、私に伝えたいことを伝えようとしていた。
……井本のやつ、なにをキーちゃんに吹き込んだんだ……
おみくじで大吉を引いた時のように目を輝かせてる。
あとで職員室に行って説教でもしてやろうか。
私が迷惑なんだよな。
数学なんて好きでもないのに、話を聞いてあげなくちゃいけない。
ったく、せっかくの休憩時間が台なしだよ。
彼女の壮大な話を聞きはじめて、覚えたばっかのbe動詞が、頭の中からなくならなければいいけど。
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