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【第8章】一瞬の風

第540話

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 足を止めても、明日に追いつけないことはわかってた。

 過ぎ去っていく時間の中に立ち止まっても、今日に触れることはできないと。

 忘れちゃいけないこと。

 残していけない距離。

 初めからわかってた。

 「昨日」と同じ日が来ると願っていても、その「いつか」は、永遠に来ないこと。

 今日を越えられるのは今日しかない。

 明日にたどり着く1秒前。

 その刹那に足を動かし、交差点の向こう側へ。

 後ろを振り返ってる暇はないんだ。

 きっと。

 後戻りのできない「今」に向かって、ただ、まっすぐ進むだけ。


 「位置について」

 の合図と、地面につけた足。

 平行線上のスタートラインが、昨日と、明日の真ん中に。

 一緒に前に進んでいこう。

 そう、思ってた。

 確証もない気持ちの下で。

 どこまでも続くと思ってた、道の向こうに。



 「冗談やめてよ」


 どうせ嘘なんだろうと思った。

 あの頃のあんたは、私とは違う世界を見てた気がする。

 軽いノリでしょ?

 どうせ。


 「軽くないわ」

 「…ほー」

 「せやけどなんか、…当時は恥ずかしくてな」

 「なにが??」

 「お前に会うのが」


 意味わかんない。

 何が恥ずかしいんだ?

 そんなこと思う前に、まずは挨拶くらいしろよ。

 明けましておめでとうございますとか、色々。

 ま、過ぎたことだし、なんでもいいが。


 「せやから、一緒に行かん?時間は経ったが、あの時誘っとけば良かったって、今でも思っとるんや」


 なんであんたの都合に合わせなきゃいけないんだよ。

 行かないったら行かない!


 「…そうか」


 しょぼんと肩を落とし、とぼとぼとリビングを出ていった。

 なんか、こっちが悪物みたいじゃない?

 それこそ外に出たら危険なんじゃないの?

 呑気に初詣に行くくらいだったら、さっさと家に帰って母さんに謝りたいよ。

 カンカンに怒ってる母さんを想像したくもない。

 冬休みも残りわずかだ。

 学校にも行かなきゃだし、部活だって…

 生憎、お祝い気分じゃないんだよこっちは。



 …何が「願い事」だ。

 私は流れ星じゃない。

 七夕に飾る短冊でもない。

 誘っとけば良かった?

 なんだよ今さら。

 もう手遅れなんだよ。

 過去のことは過去。

 今さら引き返せない。

 昔のあんたがどう思ってようが、もう綺麗に水に流した。

 今じゃただの思い出だ。

 掘り返す必要なんてないんだ。

 深く掘った土の中に、丸ごと埋めて固めてるんだから。



 …そりゃ私だって、一緒に行けたらいいなとは思ってたよ。

 神社の近くを通った時、今頃何してるかなって、ふと思い出した。

 どうせ馬鹿なことしかしてないんだろうなとは思った。

 けど、無性に込み上げてくる気持ちもあって…


 当時のあんたが何を考えてたかなんてわからない。

 本音を言うと、そんなことはどうでもいいんだ。

 あの頃、よくあんたのことを考えてた。

 あんたなりに、色々苦労してたのを知ってたから。

 喧嘩したのだって、大した理由じゃない。

 いっそ、面と向かってごめん!って言えば、照れ臭そうに頭を掻くんだろうなとは思ってた。

 不器用なあんたが、本当に落ちぶれてないこともわかってた。

 友達。

 そう言い合える関係だった。

 だから、別にあんたがどんな人間になろうと構わない。

 そう、思ってた。


 だけど同時に、込み上げてくるものもあった。

 体育館のコートを踏むたびに。

 朝起きて、カーテンを開けるたび。





 ……あー


 …くそっ!
 
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