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【第8章】一瞬の風

第536話

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 目が覚めたのは朝の8時だった。

 雪は止んでて、朝露のしずくが、ポタポタとガラス戸の向こうで光りながら、静かな足音を立てるように落ちていた。

 亮平の姿は見当たらなかった。

 キッチンにも、大広間にも。

 どこに行ったんだろう?

 玄関から庭に出て、冷え切った空気が全身にぶつかる。

 スゥッと、息を吸った。

 痛いくらいに冷たい雪の匂い。

 どこまでも落ちてくる冬の動悸。

 凍った水の透明さが、底冷えのする地面のつなぎ目を泳ぎながら、川の流れのように穏やかに、染み込んだ静けさの合間をジャンプしていた。

 それを追いかけるように色付いていく白。

 町のいちばん高いところも、低いところも、新しい色のつなぎ目に解かれるように、朝の落ち着きを散りばめている。

 神戸とはまた違う空気が、肺の中に一気に流れ込んでくる。

 酸素が美味しい。

 そう感じることは稀で、きっと、その感覚は、この町の隅々にまで届いた密やかな時間の流れが、寂しいくらいに痩せこけた引き戸を引いたその先に、茫漠と広がっているからだとも思った。

 周りを見渡してみたが、誰もいない。

 リビングに戻ってテレビのチャンネルを変えようとすると、キッチンの方で物音が聞こえた。

 朝食でも作ってるんだろうか?

 ヒョイっと覗き込む。

 だけどいない。

 どうやら、裏庭で洗濯物を干してるみたいだった。


 「おはよう」

 「ああ、おはよう」


 こんなに寒い気温なのに、絶対乾かないでしょ。

 手伝おうと思ったがやめた。

 手が悴む。

 水が冷たすぎて顔を洗う気にもなれないのに、洗濯物なんて干してられない。

 なにか食べる?

 と言われたが、生憎昨日の鍋がまだお腹に残ってる。

 逃げるようにコタツに足を突っ込んで縮こまった。

 そういえば、コタツに入るのは久しぶりだな。

 アキラん家でマリカした時以来だ。

 …っていうか、つい最近入ったっけ??

 よくよく考えると、最初にタイムリープした時に亮平ん家に行ったんだ。

 しかもそのあとも、同じようにタイムリープして…


 そうそう。

 季節が急に変わるなんて滅多なことじゃ起こらないから、すっかり忘れてた。

 婆ちゃん、今頃なにしてるかなぁ…

 私ん家は私ん家で大パニックだろうけど、婆ちゃんは婆ちゃんで心配してるだろうな。

 亮平は昔からあんなだし、どこほっつき歩いてるんだって絶対思ってる。

 ちゃんと連絡してるんだろうか?

 …いや、スマホいじってる様子なんてほとんどなかったし、きっとしてない。

 全く、とんだ親不孝もんだよ。

 帰ったら、ちゃんと謝りなよ?

 私も同席してあげるからさ?



 …ま、母さんに弁解する時も、あんたに同席してもらうけど…
 
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