雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香

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【第8章】一瞬の風

第527話

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 「千冬と、…俺が?」


 彼は驚いていた。

 無理もない。

 自分の記憶にもないことを話されても、はいそうですかで納得できるわけがない。

 困惑してるっぽかった。

 とくに、キーちゃんとの関係に。


 「嘘やないで?」

 「それはわかっとるが、甲子園て…」


 2人がバッテリーだったこと。

 グラウンドの上で共に戦っていたことを、想像すらできなかったらしい。

 野球に縁が無かったわけじゃない。

 昔は3人で、キャッチボールしてたもんね?

 キーちゃんの相棒は、あんたじゃなくて私だったけどさ。


 「ま、そんな世界もあるんやろ」


 …え


 なに、…その反応



 なんかもっとないの…?

 軽くない??


 「…なにが?」

 「なにがやなくて、そんな簡単に片付けんなや」

 「片付けとらん」


 片付けてるじゃん。

 どっからどう見ても、「ああそうですか」って感じにしか見えないんですけど?

 もしもし?


 「大体想像はつく」

 「は?」


 思わず声が出てしまった。

 絶対そんなわけないと思ったから。

 想像がつくって…、

 絶対嘘じゃん。

 想像できるわけないじゃん。

 あんたのことを1から10まで知ってるわけじゃない。

 むしろ、知らないことだらけだ。

 だけど、大体察しはつく。

 今、軽く受け流したよね?

 絶対。


 「流しとらんし」

 「嘘や」

 「ほんまや」


 納得できなかった。

 私よりも色んなことを知ってるのはわかる。

 逆にあんたにしかわからないことだってあるんだろうし。

 でも、「そんな世界もある」で済ませてほしくない。

 あんた私に言ったよね?

 世界は嘘をついちゃいけないって。

 たった1つの現実から目を背けちゃいけないって。

 あんたに今伝えようとしてるのは、嘘でもなんでもないことなんだ。

 確かにあった「事実」なんだよ?

 大げさでもなんでもなくて。


 「俺かて、考えたことがある」

 「なにを?」

 「他の世界のこと。今いるこの世界以外に、どんな世界があって、どんな時間が広がってるのか」


 リビングの中に響く暖房の音。

 冷蔵庫の中から取り出してきたサンガリアの缶ジュース。

 コーヒーか何かを零したようなソファの上のシミを指で触れながら、半年以上も前のチラシが、電話機横の机に立てかけられているのを見つけた。

 この場所で生活していた人がいたように、知らない場所で、色んな時間があるんだって、ふと思った。

 世界は1つだけじゃない。

 そう感じることが、どこか自然に。
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