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死線
第511話
しおりを挟む白が侵食する世界が近づいてくる。
ずいぶんと南へ来た。
街から遠ざかるたびに、降り積もる雪の結晶が光の端々へと届く静寂の四肢となって、海岸線の道ばたを闊歩していた。
目まぐるしい風の中に漂流する粒の嵐。
霧のように濃くなった前方の視界。
騒がしい冬の寒々しさが、仄暗い炎のような冷気となって、澄み切った灰色の裾を走る。
「時間」がどこに届いているのか、はっきりとした境界線が見えない。
雪はまっしぐらに空中を駆けり、蝋燭の火のようなか細かな揺らめきも時に携えながら、窓越しを通り過ぎていく。
この瞬間、——今日という日。
神戸はこんなに雪は降っていなかった。
チンというオーブントースターの音と、コーヒーの香り。
封の開いたコーンフレーク。
冷蔵庫の中のプリン。
熱でもあるの?って、あの時梨紗は言った。
心配そうにこっちを見ながら。
どこかあどけないその声を振りほどいて、カーテンを開けた。
——外は、真っ白だった。
朝露の水雫が屋根の上から落ちてきて、それが楕円状に遠ざかる影を持ち、僅かな光の痕跡さえ吸い込んでいく。
眩しい朝の陽光がチカチカと屈折し、まるで龍の鱗みたいに艶がかった色彩が、街の向こう側へと続いていた。
真っ白な雪化粧に覆われた街。
澄み切った水色を流したように湿った空気。
それでいて、すごく近い、新しい朝。
きっと、夢を見ていると思ったんだ。
洗いたての空気に触れて、カーテンの向こう側に広がる鮮やかな世界が、視界に収めきれないほどに眩しくて。
今自分がどこにいるのか、それを知るための方法は、常にひとつしかないと思ってた。
朝起きて、鏡の前にいる寝癖だらけの自分を見て、また朝が来たなって思う。
良い夢も嫌な夢も、目が覚めた瞬間に立ち消えて、耳障りな目覚まし時計のアラームを止める。
「学校に行かなきゃ」って、部屋を出てリビングに向かう。
階段を降りながらキッチンの物音が聞こえて、遠巻きに聞こえるテレビの音。
おはよう
の声。
いってきます
の午前7時。
夏休みが明けて、玄関のドアを開けたんだ。
まだ、蝉の声が元気な9月の始まりに、どこまでも伸びていく空。
キーちゃんから連絡が来てた。
ちゃんと宿題やったか?
って。
そんな小学生じゃあるまいし、ちゃんと終わらせてるよ。
門を開けて、家を出た先の学校への道。
子供の頃から変わらない、カラフルな色合いの路地。
道ばたにせり出したコンクリートを蹴り、落ちてくる朝の光とぶつかりながら、地面に倒れる電信柱の影を横切った。
陽が登るにつれて動き出す街の息遣いに触れながら、スニーカーの紐が揺れる。
ここじゃないどこかへ行こうと、そういう止めどない気持ちの向かう先に、走ったんだ。
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