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世界と楔

第497話

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 楓。


 あなたは私に言った。


 自分の人生のことばかりを考えてきた私に。


 「キーちゃんが歩ける世界を、必ず連れてくる」


 その言葉、覚えてる?


 1995年のタイムクラッシュ以降、世界には決して止むことがない雨が降った。

 それは単なる比喩に過ぎないけれど、あの日から、時計の針は失われたの。

 私たちはあの日から「空」を捨てた。

 自由に未来へと羽ばたいていくための翼はもがれ、光さえも届かない海の底に落ちていくしかなくなった。

 クロノクロスネットワークは、人間の記憶や意識を時間の中に閉じ込めるための装置だった。

 「永遠の命」に恋焦がれ、生と死の境界を取っ払おうと、私たちは「過去」に戻った。

 そこに無限の地平と、「時間」があることを信じて。


 でも、ネットワークを通じて爆発的に増えていく世界線は、やがて宇宙が膨張していくスピードをも超えるほど、凄まじいエネルギーを生産してしまうようになった。

 宇宙に広がる空間は無限にあると盲目していた私たちは、自分たちの手で開けた時空の特異点に、なす術もなかった。

 無限に生きることができる、——そう過信し、世界に穴を開けてしまった代償は、計り知れないほどの大きさだった。

 「時間」は常に一つしかない。

 この世に生まれてきたものたちは、偶然の先に生まれた産物に過ぎなかったかもしれない。

 けれど、決して何事にも変えることができない「真実」を持っていた。


 真実、そして時間。


 この世の中には、2つ目の選択肢が存在しない。

 鏡の中に手を伸ばすことはできないし、後ろを振り返って、時間を巻き戻すこともできない。

 「世界」とは元々、一度も嘘をついていない状態だった。

 だからこそ、「未来」は存在することができた。

 足を動かす。

 その1歩、1秒の最中にこそ、唯一、未来という“切っ先”が存在することができたの。

 選択と行動は、次の瞬間にはもう、手の届かない場所にある。

 そのスピードを、私たちは超えてはいけなかった。

 2つ目の選択肢を、作ってはいけなかったの。
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