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世界と楔

第474話

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 「いつかまた会おう」

 「きっと…」

 「振り向かないで。走って」


 海辺で約束していた。

 例え俺たちがすれ違えない運命だとしても、決して振り向かないでいようと。

 未来で知ったんだ。

 かつて俺たちが、同じ時間にいたこと。

 この世界が仮に嘘だとしても、未来を信じて生きていたこと。


 クロノクロスネットワークのメインプログラムは、「セカンド・キッド」と呼ばれる人間を集め、事象の特異点の壁を打ち破れる存在を探していた。

 そのうちの1人が、楓だった。

 世界は滅ぶ運命だった。

 クロノクロスネットワークを起動し、過去に起きた出来事を変えてしまったせいで、世界には数え切れないほどの世界線が生まれてしまった。

 その世界線は宇宙に無限に広がり、ありとあらゆる可能性や時空を生産し続けていたが、指数関数的に増えていく加速度的なエネルギーの膨張に宇宙の地平面が耐えられず、物質の均衡を維持するためのバランスを保つことが、事象の地平面内に持続できなくなっていた。

 人間に未来が訪れなくなったのは、増え続けるエネルギーの捌け口が無くなってしまったためだ。

 “過去に戻ってしまった時点”で、人間は未来を捨てたも同然だった。

 1995年に起きたタイムクラッシュ以降、生まれ続ける莫大なエネルギーが未来への経路を閉ざしてしまった。

 例えば、「雨が永遠に降る」ということはあり得ない。

 永遠に雨が降らないという世界もない。

 つまり、クロノクロスネットワークというのは、永遠に「雨を降らす=晴れにする」装置でもあった。

 ある時点に戻り、サイコロを何度も振り直せる。

 それは言い換えれば、未来で消費するエネルギーを「過去で消費する」ということにも等しかった。

 俺たち人間は、過去と未来の境目にある事象のバランスを壊してしまった。

 未来に進むための地面を、自らの手で壊してしまったんだ。

 隕石が落ち、人間の文明が滅んだのは、エネルギーの過度な生産による保存領域の崩壊、——いわば、「ダムの決壊」のようなものでもあった。

 世界全体(宇宙全体)が保存できるエネルギー量(情報量)の許容範囲が大きく超えた結果、その“軌道修正”を行うために、人間の未来が訪れなくなる時間が、“全ての世界線を通じて”訪れるようになった。

 その現状に、科学者はこう表現した。

 『世界は人間を「敵」だとみなした』

 ——と。

 だからこそクロノクロスネットワークの管理システムは、人間を守るために未来を切り開く方法を探した。


 
 『22世紀』

 人類がその時間、——その未来へと足を踏み出していくためには、時間に穴を開けるしかなかった。

 「セカンド・キッド」たちは、その科学的な方法を実行するための「礎」になると、コンピュータは考えていた。

 そしてその「方法」は、千冬の父、桐崎雄一郎が、考案した考え方に基づいていた。

 俺はその事実を、千冬の口から聞いた。

 しかしすでに彼女の意識は、この世界には存在していなかった。

 千冬は、クロノクロスネットワークの根幹を成すブレインネットワーク内に統合され、「人間の記憶をコンピュータの中に接続、結合できる人工人格の形成」に向けたプロジェクトに、自らを被験者として進行させていた。

 そしてそれを起点として、世界の崩壊を防ぐための手段、——つまりクロノクロスネットワークが実現しようとした管理システムの実行プログラムを破壊するために、自らの意識をネットワークの中に潜り込ませていた。

 彼女はいわば、トロイの木馬だった。

 コンピュータを破壊し、世界をあるべき姿に戻す。

 一見すれば、それは人類にとっては「悪」とみなされる行動になるかもしれなかった。

 なぜなら、コンピュータが実行しようとしていたのは、あくまで人類の未来を“守る”ための手段であり、それを破壊しようとする工作は、人類の未来を殺すということに等しかったからだ。

 どうして千冬がそこまでしてシステムを破壊したかったのかは、さっき話した通りだ。

 千冬はプログラムを破壊するマルウェアとしてネットワーク上に潜入していたが、管理システムに捕まり、処分されてしまった。

 だから恐らく、楓がこの世界で会ったという「千冬の姿」をした人間は、千冬の意識を乗っ取った人工人格(管理システムが作成した人工意識)の可能性が高い。

 ヤツが俺を追っているのは、未来で危険因子だと判断されたからだろう。



 今から言うことは、楓、お前にとって重要な話だ。

 だからよく聞いてくれ。

 なんで俺が過去に戻ってきたか、それを最初からきちんと説明するためには、聞いておかなくちゃいけないことだ。

 千冬は、コンピュータ上に1つのメッセージを残していた。

 そのメッセージは、数多の世界線上に存在する、幾億もの中の1人の「桐崎千冬という人間の言葉」に過ぎない。

 違う世界では、恐らく、違うパターンの「千冬」という人間が存在し、考え方も、生き方も、180°違った時間や距離が、…広がっているのかもしれない。

 にわかには信じ難いが、きっと、そうなんだろう。

 お前の話を聞いて、ようやく理解できたことがあるんだ。

 世界が本当に崩壊を始めていること。

 初期世界という実世界が過去に存在し、タイムクラッシュによって数え切れないほどの世界線が生まれたということ。

 そして、その世界線に、お前が移動できるということを。


 千冬は言ったんだ。

 この世界の秘密、——「セカンド・キッド」という存在が、どれほど重要で、未来に必要とされているかを。

 

 これは、彼女からのメッセージだ。




 …………………

 …………

 …………

 ……

 …

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