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風の憧憬

第396話

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 反転する意識。

 真っ逆さまに落ちてくる重力。

 時間の波が急激に押し寄せてきた反動で、ぐわんぐわんと視界が揺れる。

 世界の輪郭はよりくっきりと鮮明に伸び上がり、凝縮された色が、瞳孔の深い部分へと入り込むように流れてきた。

 パチパチッという火花の音。

 空中に散乱する、光の粒。

 時間が“止まる”よりも早く、「刹那」が動いた。

 それは瞬きもできないほどのスピードで、通り抜ける“風”だった。

 突風。

 細胞の全てを動かすかのような強烈な振動が、地面をまるごと突き動かすように唸っていた。

 どのくらいの速さで時間が動いているのかもわからないほどの、大きな力の中心で。

 とめどなく押し寄せる波。

 ブラックアウト寸前の視界。

 “時間が動く“足音が聞こえた。

 遠く、——それでいてずっと近い、距離の向こうで。


 遮るものは何もなかった。

 濁流のように押し寄せるそれが、加速するスピードのそばで、時計の針を回転させる。

 自分がキーちゃんになっていること。

 目の前の世界。

 そんなことが頭の中で感じられるよりも早く、“記憶“がリフレインした。

 
 「好きだ」


 という彼の言葉が。

 ぎこちない声の、淡い色が。



 “明日“は、亮平がキーちゃんに告白する日だ。

 間違いない。

 日付。

 場所。

 電車でのやり取り。

 パズルのピースを組み合わせた時のように、全てが繋がっていく。

 「キーちゃんの世界」を知っている私にはわかる。

 これから起こることや、現実の先にある感触を。


 唖然としている私に彼が言った。


 「どうした?」


 …え


 生憎、声にはならなかった。

 どんな反応をすればいいのかも。

 灘駅に着き、改札口を通った。

 そのまま自転車で学校に向かった。
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