雨上がりに僕らは駆けていく Part1

少年とヒーロー

第３４０話

　キーちゃんはこの年、日本にいた。

　すでに結婚し、あの丘の上の家を、住まいとしていた。

　ちょうど息子の孫が、遊びに来ていた時だった。

　夏休みを迎える間際のことだ。


　「おばあちゃん、小惑星ってなに？」


　あどけない顔をして、風に靡く風鈴の音。


　「…サツキ、荷物を持って一緒について来なさい！」


　キーちゃんは、何も持たずに彼女の手を引っ張った。

　サツキは、今年で12歳になる女の子だった。

　風呂上がりの食卓に、切り分けたスイカを口に頬張っていた彼女の手から、ガチャンと、それが落ちる。

　無造作に落ちたために、スイカの赤い汁が机の上に広がった。

　テレビはつけっぱなしで、電気も消さずに家を出た。

　「どうしたの、おばあちゃん」という声を、拾いもせず。


　夜9時を過ぎた頃。

　星がきれいな夜だった。

　田んぼの畦道で鈴虫が鳴いていた。

　街灯に照らされる川べりの草。

　蒸し暑ささえ滞るような、涼やかな木々の揺れが、夜の蚊帳を駆け抜ける。

　時間の流れは穏やかだった。

　トットッと歩く二人の足音が、月明かりの下に壊れもせず、優しく響く。

　丘の下に降り、バスに乗った。

　ポートアイランド行きの、キャンパス線に。