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夏空

第331話

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 「夏の季節になると、いつも思ったの」

 そう言うと、晴れた日差しの下に、彼女は立った。



 「蝉の声が聞こえて、海の音が、近くなる。そんな季節の隣で、雨の予感がしたんだ。灰色の、ぶ厚い雲がやって来る、…そんな気配が」

 「雨…か」

 「きっと、あなたは「夏」なんだと思う。人生のうちで、ほんの一瞬の刹那を届けられる、“スピード”」

 「私が??」

 「そう(笑)父さんが言ってた。“わずか1秒にも満たない世界に、あなたがいる”んだと」


 聞き取れなかったわけじゃない。

 ただ、突拍子もないその言葉に、首を傾げたのも事実だ。

 夏の季節。

 それが「私」だと言われても、さすがに…。


 「この前会った時に言ったよね?世界は元々ひとつだったって。あなたは、今、その「時間」の上に立ってる。ここがそうなんだ。この、甲子園球場の土の上が」


 どういうことなんだろう?

 言葉の意図がわからなかった。

 私が今いる時間?

 なんだ、それ…


 「私は、この世界で返事をするつもりだった」


 晴れと雨の境界線上に立ちながら、そう口にした。

 笑っているわけではなかった。

 かといって、怒っているわけでも。

 過ぎ去った時間を追いかけるように、ただ、遠くを見据えていた。

 なにかを反芻するように。

 なにかを、追い求めるように。

 その気配の上澄みを追いかけながら、問いかけた。

 雨音にかき消されそうなほど、言葉の音は揺らめいた。

 誰かに嘘をつく時のような、不安定な韻。

 「それ」が彼女に届いたのかどうかさえ、わからなかった。

 それほど、その「音」に力はなかった。

 
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