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雨
第239話
しおりを挟む神戸大橋を渡り、大学までやって来た。
神戸の街やポートランドは、いつも通りの景色の中にある。
大学も同じだった。
レンガや緑で覆われた敷地。
凛と立つ洋風の校舎は、ずっと昔からそこにあるかのような重厚感を、静かな佇まいの中に拡げている。
13号館まで行き、受付の人におじさんのことを聞いた。
おじさんはこっちに戻って来ているみたいだった。
亮平の顔を知ってる事務の人が、「久しぶりね」という挨拶の後、雄一朗さんなら研究室にいると思うと言って、内線を通してくれた。
「ここに来たことあるの?」
「まあ、昔は」
小学生の頃、亮平が大学に来ていたことは知っている。
でも、私が知る限り数える程度だった。
学校がない日は、剣道の練習で忙しそうにしてた。
剣道の合間に遊んだり、野球をやってるようなもんだったし。
「よくここに来てたよ。夜に忍び込んで星を見たり」
こっちの世界のキーちゃんも、空を見るのが好きだったのだろうか?
宇宙談義に花を咲かせたりしたのかな?
エレベーターで研究室の前まで行き、インターホンを押した。
スピーカー越しから、懐かしいおじさんの声が聞こえた。
「ちょっと待ってくれ」
いつぶりだろうか?
小6の頃に、チラッと顔を見た時以来かな?
ドアが開き、背の高い無精髭の見慣れた顔が、優しい眼差しの下で訪れた。
「…キミは?」
それは驚きに満ちた声色だった。
私は、もしかしたらこの世界のおじさんも、記憶にはない“誰か“、そんな別人の姿に変わってるんじゃないかと、頭の片隅で思っていた。
でも違った。
おじさんの目を見たら、なぜか安堵した。
同じ距離感にいるような、手が届く場所に存在してそうな、そんな”リアル”な気配を感じたんだ。
…だから、その通りの言葉を吐いた。
「おじさん」って、私の中にいる“その人“を呼び出すように。
「キミは、…もしかして」
おじさんは、やっぱり驚いていた。
ここで話すのもなんだと言い、中へ案内してくれた。
変わらない研究室。
ゴミゴミした部屋。
別に散らかってるわけじゃない。
色んな機械や薬品、顕微鏡に水槽、巨大な冷蔵庫の中に入っている大量のガラス瓶と、カラフルな謎の液体。
ワークデスクや作業台の上は、パソコンと書類で埋め尽くされており、隅にマグカップがちょこんと置かれていた。
中を覗くと、コーヒーが少し残っている。
おじさんはカーテンを開け、外の光を中に入れた。
部屋の壁際に設置してある研究生用のデスクのイスを適当に拝借し、「どうぞ座って」と言ってきた。
研究室の中は広く、奥行きがある。
入り口からすぐのところにある作業スペースと、その奥側にある休憩室は、ガラス付きの壁で区切られており、トイレは部屋の奥に完備されてある。
おじさんがいつもいる場所は、休憩室の窓際だ。
パソコンをいつもつっついていた。
私たちは休憩室の真ん中を陣取り、リフレッシュルームにジュースを取りに行ったおじさんを待っていた。
壁に取り付けられたホワイトボード。
数字や数式やらで埋め尽くされたそのボードは、相変わらず解読不能だ。
その下にある本棚には、色んなジャンルの本がキレイに陳列されている。
一際目につくのは、キーちゃんがよく読んでいた、「ブラックホール」についての情報学だ。
事象の地平面の先にはなにがあるか、「時間」と「空間」の境界はどこか、科学に全く興味がない私が、そんな小難しい言葉を思い出せるのは、全部キーちゃんのせい。
おじさんはジュースを持ってくるなり、
「どうしてキミがここに…?」
と聞いてきた。
おじさんは私のことを知ってるようだった。
それに先に驚いたのは、亮平だった。
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