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第130話

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 車椅子の人に、表情はない。

 動かない手足も、いびつに曲がった背筋も、体に取り付けられた奇妙な装置も、そこにいる「人」が私の日常にいないことは確かだった。

 その人が「キーちゃん」には見えなかった。

 それは髪型が違うからとか、

 メガネをかけているから、とか、

 白い病院着を着ているから、とか、

 そんな見た目の変化から生じた「いつもとは違う姿」の中に、発見した“違和感”じゃなかった。


 会うたびに満点な笑顔を向けてくる明るさ。

 スニーカーを履き、スタスタと前を歩く足取り。

 元気な声。


 そんな彼女の「等身大」が、目の前になかった。


 その、…「面影」でさえも。



 看護婦さんは部屋を出て、私とキーちゃんは2人きりになった。

 その後しばらく、沈黙が流れた。


 私はキーちゃんに近づくことを躊躇った。

 キーちゃんの視線は、こっちを向いていた。

 向いていたけど、…思わず目を逸らしてしまった。

 咄嗟のことだった。


 先に声を発したのはキーちゃんだった。

 いや、それは「声」じゃなかった。

 限りなく無機質な電子音。

 車椅子に取り付けられたモニターとその横に設置されたスピーカーらしきものから、その「音」は聞こえてきた。

 「カエデ?」と、およそ似ても似つかない声色の先で。


 その「音」を聞き、反射的にビクッとなった。

 覚束ない視線の先で、キーちゃんを見る。


 「…キーちゃん…?」


 私は、どう対処すればいいかもわからなかった。

 会いにきたはずなのに、ここに来るまでキーちゃんのことだけを考えていたのに、何も考えられない。

 現実を受け入れられなかった。


 …いや、これは「現実」じゃないと思った。

 目の前の人間が、キーちゃんなわけがない。
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