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次元の狭間

第108話

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 男は後ずさる私を追うように、ベットの上に膝を乗せた。

 膝を乗せ、そのまま上体を傾けながらゆっくり近づいてきた。


 怖くなった私は、無我夢中で体を動かした。


 「…近づくな!」


 咄嗟に出た声と共に、男の頬を目掛けて再度ビンタを繰り出した。

 …が、男はそれを受け止め、ずいっと距離を縮めてきた。

 

 「ちょちょちょ、ち、近づくな…!」


 そんな私の言葉など意に介さないまま、鋭い目を向けて睨んでくる。

 掴まれた右手を離そうとしたけど、離れなかった。

 絶対に勝てないと認識させられるほど、握られた手の力が強いとわかった。

 だから左手を使って体重をかける姿勢に移り、全身の力で引っこ抜こうとした。

 だけど私の抵抗など無意味だと言わんばかりに、男は私の右手を支点としてグイッと体を引っ張り、無理矢理自分の方に引き寄せた。

 ——刹那、自分のおでこを私のおでこに当ててきた。



 「ヒャッ…!!」


 驚きのあまりベットから飛び出て、部屋の角に離脱。

 慌てて飛び出たせいでシーツがベットからずり落ちた。

 何かに足がぶつかったけど、多分テーブル…。

 痛い…



 痛いけど、それよりも頭の中がぐちゃぐちゃだ。


 …なんなんだ本当に!


 男が取る行動を理解できない。

 状況も出来事も全て、理解不能。


 グラつく足元を必死で支えながら、壁に手を添えて立ちすくむ。

 2本の足でなんとか立ちながら、男を見た。


 「…熱はないみたいやな」

 「あんた誰や…!」

 「…おいおい、いつまでこのコントを続けるんや」

 「…は?…わけわからんこと言うな!」

 「せやから、それはこっちのセリフ。はよ朝の支度せんと、仕事に遅れるで?」


 …仕事?

 何を言ってるんだ、コイツは。


 「…どういうこと…?」


 呆れた様子の男は、ベットのシーツを畳み、窓際に飾られた観葉植物に水をあげながら、ため息混じりに肩を落とした。


 「わかったわかった。…俺が悪かったって。何回も謝ったやろ?」


 謝った…?

 男の言葉を追うが、まったく意味がわからない。


 「大体結婚記念日なんて、あって無いようなもんやろ?誕生日はちゃんと覚えてたやん?」


 結婚記念日…?

 誕生日…?


 「…なに、結婚記念日って…?」

 「…いや、お前が言い出したことやろ?」

 「…知らない」

 「知らないって、…。わかった。ほんまに謝る。ごめん!この通りや!」


 壁際の私の方に歩み寄り、勢いよく手を合わせたかと思えば、深々と頭を下げて謝罪してくる。

 なんの「謝罪」だ…?

 それは。


 「意味わからんのやけど」

 「…。ほんまに大丈夫か?」


 私の心配をする前に、まず名を名乗れよ。

 お前は一体誰で、どこの人間なんだよ。

 そのことを真剣に問いただしたら、また「キス」しようとしてきた。
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