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第一次クロノプロジェクト

第67話

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 「未来の科学者は、元々あったこの「ベッケンシュタイン境界」の意味を拡張して、新しい解釈での『ベッケンシュタイン境界』を発案した。これは、簡単に言えば、世界に起きる“出来事の変化量には上限が存在する”という意味への、物理的発案や」

 「でで、で、出来事の変化量…の、なんだって??」

 「つまり、過去に情報を送って、元々あった世界の出来事を変えようと思っても、“出来事の発生率=運動量“は常に有限や。過去に情報を送り続けると想像してみて欲しい。50年前、また50年前…、と言った具合に、俺は俺自身に対して「無限に情報をアップロードできる」ように、思えるやろ?」

 「そう…だね」

 「これが、元々の『クロノプロジェクト』の目指すべき目的ではあったが、それに向けて課題になったんが、「世界の出来事の発生に於ける”プロセス率の上限”」やった」

 「プロセス率???」

 「サイコロを転がして、1になった世界があったとする。その1という数字を変えるために、過去に情報を送ってサイコロを振り直す。しかし、問題なんは、“サイコロは常に1つでしかない”いうことや。何回でもサイコロを振り直すことができるが、結果は、“また1に戻る可能性”もある」


 「1に戻る可能性がある」というのは、そのままの意味ではなく、過去に情報を送信して未来を変えても、“未来を変えられる幅には上限がある”ということを意味していた。

 これは、さっき言われた「誰かが死なない代わりに、誰かが死ぬ」というエネルギー総量の問題に関わっているだけでなく、“サイコロを振れる<領域そのもの>にも上界がある”ということを、意味していた。


 それは、簡単に言えば、“ある制限時間内に何回サイコロを転がせる”か、という物理的な問題との直接的な関係性を持っていた。


 「俺がなんぼ過去に情報を送って未来を変えようと思っても、人間が、突然100メートル走で8秒台を出せるわけちゃう。その考え方を拡張して考えてほしいんやが、“過去から未来に向かって発生する出来事の幅には上限がある”いうんは、ようするに、俺がなんぼ頑張っても、サイコロの振れる「目」自体には、限りがあるということや」


 …うーん。

 なんか話がどんどんややこしくなってないか?

 …まあ、私の理解力が乏しいだけかもしれないが…

 だって、サイコロの数は常に1つなんでしょ?

 ようするにそれが6面上なら、1から6までの目しか出ない、ってことでしょ?

 それはわかるよ。

 でもそのことと、未来に起きる出来事とのつながりが、いまいちわからないんだけど。


 「俺は、過去に戻ってサイコロを振り直すことができるが、すでに前の世界と「同じ状態にいない」以上、前回と同じ「サイコロの目(元々の世界が「1」なら、もう一度「1」になるということ))になったとしても、出来事自体には“差”が出る。この“出来事=エネルギー状態の誤差”は、時間が進むにつれてどんどん巨大になる。巨大になるって言うても、“エネルギーが増えている”という認識やない。正確に言やぁ、今、この時点で、世界は変化しているということや。空を見りゃぁわかる。雲は決して同じ状態を持つことがない。その形状は、常に“乱雑”や。過去に戻ろうが未来に戻ろうが、“ある一点に於いて同じ形を持つことはない”。つまり、俺がサイコロを振り直しても、元々の世界の出来事は、二度と起こらんということや」

 「…だから、結論としては、私は死なないってことやろ?」

 「“部分的には“、な」

 「どういうこと!?」


 どうやら、私の「死」と、出来事の発生の「種類」には、大きな認識の違いがあるようだった。

 私は、この世界では“事故に遭って死なない”かもしれないけど、それはあくまで、元々の世界とこの世界が、全く同じ状態と情報のまま、1%も狂うことなく可逆になっている場合だけだった。

 けど、原理的にはそんな状態は存在しない。

 亮平が言いたかったのは、つまりそういうことだった。

 わかりやすく言えば、コーヒーがひとりでに熱くならないという原理と同じ。

 どういう意味かと言うと、亮平が過去に戻ってきた時点で、すでにこの世界は違う状態になっている。

 それは、“私がもう一度同じタイミングで死ぬかもしれない”という状態のプロセス率にも、影響を与えているとした。


 私が事故に遭って死んだのは、あくまで亮平が事故に遭うということを避けた時の結果であって、“もし、私が他に何の外力も加えずに過去にタイムリープできるとすれば(亮平いわく、そんなことは不可能だけど)”、事実上私は意図して「2014年9月10日に死なない」という結果を生むことができる。

 でも、亮平がここに戻ってきた時点で、私が“どのタイミングで死のうが”、それは根本的に前回の結果とは違う状態を持つことになる。

 なぜならさっき言ったように、「亮平自体が過去の世界と違う状態だから」だ。

 イメージとしては、一枚の絵をプリントアウトして横に並べたときに、どちらを見ても同じものに見えるが、原理的には「同じものではない」ということ。

 それが、<過去・現在・未来>の平衡線上で常に連続的に発生している、のだそうだ。

 亮平がここに来た時点で、どれだけサイコロの目が近似の値を取ったとしても、世界はどこか、微妙に違っている。

 同じ時間に同じ出来事が起きても、それが2つの世界で「100%」同じではないということが、数値として表すことができるらしかった。


 簡単に言えば、「私が死なない」というのは、あくまで“1つの確率に過ぎない”ということだった。

 「私が死ぬか死なないか」という独立した事象とその領域自体はどこにも存在しておらず、全ての出来事とその状態の連続的な繋がりの中で、「次の瞬間になにが起きるか」が決まる。

 それは別の言い方をすれば、ある特定の出来事が、特定の条件下で「絶対に起きない」ということは無い、ということを意味していて、ある一定の確率の元で、出来事(エネルギー)の発生率が均等に配分され続けるために、「ある特定の出来事がどこにも存在していない」ことを意味していた。

 だから、「私が死ぬ」とか、「死なない」とかの事象自体はそもそもどこにも存在しておらず、物事の状態の収束に際してあたかも“そういう状態が発生している”と誤認しているに過ぎない、と、亮平は言った。

 私が死んだ原因は、トラックがあの交差点に入ってきたこととか、信号のタイミングが悪かったり、そもそもスマホを忘れてしまったことが要因だったりと、その「要素」を探り続ければキリがない。

 あくまで、世界の「出来事」っていうのは、物事がある1つの状態に向かって収束する様々な要素の「組み合わせ」でしかなく、そもそも、出来事と出来事じゃない部分を二分化できるような“境界”が無い。

 そういう意味で、「私が死なない」ということが起こる確率は0にはならないと、言いたいらしかった。

 
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