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風の岬

第63話

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 1月、年が明けて、亮平の新しい生活が始まった。

 父親の暴力から解放された亮平は、きっと2年生に上がる頃には、以前のように戻って行くんじゃないかって、勝手に思っていた。

 それは、ある意味この年の一番の楽しみだったかもしれない。

 でも、実際はそうはならなかった。


 春になって新学期を迎えると、亮平は見間違えるように髪を茶髪に染め、服装はだらしなくなり、言葉遣いがどんどん汚くなっていった。

 いつからか、部活にさえ来なくなり、竹刀を使って人に「暴力」を振るうようにもなっていった。

 誰かをイジめたり、イジメられる現場を見ることなんて須磨西中学にはなかったのに、亮平が先頭を切って、学校内の不良グループを形成してた。


 「おい、楓!」


 それは、いつもの元気な男の子の声ではない。

 私を呼んだその声は、どこか見窄らしく、へんに誇張が入った、だらしない音に聞こえた。


 「なに?」

 「お前と話したい男子がおるって。よかったら遊びこいや」

 「へぇ」


 くだらなかった。

 いつから、そんな雑な言葉を使うようになったのか。

 自分がさもリーダー気取りで、自分の言っている事が、世界の中心にあるような下りで、私を「女」と扱っているその言葉は、とても私の知っている幼馴染の言葉ではなかった。

 あんたに指図される覚えはないし、あんたの言う「男子」にも興味はない。

 イライラしながら、なんでそんなことを言われるかと疑問に思った。

 別人のような口調に、別人のような視線。

 そんな姿を見たり、聞いたりしているうちに、時々感情が爆発しそうになった。

 コイツ、ほんとに大丈夫か?って、何度も思った。


 それでもあの頃、私は面と向かって亮平になにも言えなかった。

 私は私で、そういう言動や行動は、ただの思春期限定の変化に過ぎないのだと、どこかで思っていたからだ。

 でも、その頃の亮平の身に起きた変化は、日に日にエスカレートしていった。


 ある日、校庭に高校生と一緒にバイクに連れられて侵入してきた亮平の姿を見た時、どこかで、なにかが壊れたような音がした。

 ガラス製のコップが割れる音というか、花瓶が床に落ちて壊れる音というか、机の上で鉛筆の芯が、ポッキリ折れて無くなってしまう音…というか。


 私はずっと、亮平に期待していた。

 余計なお節介、って言われたらそれまでだけど、私たちは、いつも同じ景色を見てると思ってた。


 亮平が不良になったことが、ダメと言ってるんじゃない。

 汚い言葉を使うことが、いけないとも言わない。

 私は亮平となら、友達になれるかもしれないと思ってた。

 竹刀を握るその姿や、砂浜のキャッチボールで交わした、約束。


 「俺ら、いつか遠い未来でも、一緒に笑い合いたいよな」


 その言葉の矛先にあったものが、今も、私の心に残っているということ。

 それは亮平は知っているのだろうか?

 知っているとして、この気持ちは伝わるのだろうか?

 人としての強さや、逞しさを追い求めていた亮平の背中を追って、

 「がんばれ」って、

 思えたこと。

 亮平の瞳の向こうにある世界の晴れ模様が、須磨の街の景色を彩っていたということを。
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