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風の岬

第58話

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 「風邪でもひいとんかなぁ」

 「やとしても、連絡くらいよこせって感じや」


 2日連続で学校を休むなんて珍しいと思ったから、メールを送ったんだ。

 だけど返信は一切なし。

 さすがに電話をかけるのは迷惑だと思ってやめていたが、アキラがどうしてもって言うからかけてみると、電源が入っていないと言われた。


 …まさか、死んでんのか?


 まあ、そんなことは無いと思いつつ、もしものことがあったらという軽い気持ちで部活を早く切り上げ、ここまで来ていた。

 岡の上にたどり着き、玄関のブザーを鳴らすと、婆ちゃんが顔を出してきた。


 「あらぁカエちゃん。よう来たねぇ」

 「婆ちゃん、亮平はおる…?」

 「亮平ね、今ちょっと病院におるんよ。母ちゃんのね、容体が悪いみたいで」


 亮平のお母さんが病気だって言うことは、前から知っていた。

 小5の夏の、終わり頃だった。

 その病気がどんな「病気」だったかも、その時に聞いた。



 亮平の家に遊びに行っている時、亮平のお母さんは、いつも優しく迎えてくれた。

 気さくで、明るくて、それでいてすごく品があって、私の母親とは全然違う。

 亮平は、根っからの母親っ子だった。

 「おかんのために頑張る」って、小学生の頃はよく息巻いてた。

 泣き虫だった亮平は、母親の前だけでは泣かなかった。

 剣道の試合で負けた時も、少年野球の試合で負けた時も、友達との喧嘩で負けた時も、いつも強がって「大丈夫!」なんて言っては、誰もいないところで泣いてた。

 「泣き虫」って私が言えば、「うるせー!」と強い口調で返してくる。

 なんなんこいつ、って思っていたが、母親のために我慢してるのだと、後から知った。

 小6の頃は、亮平にとっては1番辛い時期だった。


 
 自転車で須磨駅まで行き、中央区にある入院先の病院まで、電車で行くことにした。

 行く前に亮平に連絡しようと思ったが、どうせ繋がらないからとメールも送らなかった。

 何度かお見舞いに行ったことがあったから、直接自分たちの足で病院まで行ってみようと思った。

 お母さんが大好きなチョコレートの手土産を買って、私たちは私たちでコンビニの弁当を夕食代わりにして。


 病院に着いて、7階を目指す。

 部屋番号は716。

 完全に個室で、その部屋の窓からは三ノ宮の繁華街が見える。

 記憶を辿りながらエレベーターに乗って、そうそう確かこんな感じだったと思い出しながら、きっと亮平はあの部屋にいるだろうと直感した。


 「亮平のお母さんって、なんの病気なん?」

 「癌…やそうや」


 ステージ4。

 私が初めてこの病院に訪れた時は、小6の春だった。

 その時はまだ、治るかもしれないと言う見込みがあった。

 でも、元々胃にあった癌細胞がリンパ腺を通じて転移し、肺や肝臓にまで広がっていた。

 手術もできないかもしれないと言われた時、亮平は珍しく私の家に来て、1人泣きじゃくってた。

 私はどうすることもできなくて、とにかくなにか力になれないか考えたけど、何もできなかった。

 膝を貸してあげたけど、私の膝はあまりにも頼りがなかった。

 所詮小学生だったからね。

 人が、病気になることがどう言うことか、実の母親がいなくなるかもしれないということが、どれだけ怖いことか、私にはわからなかった。

 …わかるはずがなかったんだ。

 それはきっと、亮平の心の中にしかわからないことだった。
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