上 下
12 / 17
第五章

重ねられた嘘

しおりを挟む
 鐘の音が夕方を知らせる頃、授業は全て終わっていた。
 食料品は差し入れが残っているが、洗剤や束子の数が足りないことを思い出して教務棟の購買へ足を運ぶ。日用品程度の買い物であれば、学内の売店で事足りる。外へ遊びに行きたいとぼんやり考えたが、フーポーはイルノュド王の手伝いで今夜は来れないだろう。
 溜息を零しながら寮へ戻り、部屋に入ると見慣れた後ろ姿が椅子に腰掛けていた。
「フーポー? 手伝い終わ」
「ヨルシャ殿、お祭り一緒に行かないかな」
 振り向いた。顔を覆う漆黒の仮面。
「い、い、イルノュド王!」
 学院の男子制服を纏っているが、紛れもなく仮面のイルノュド王であった。
「そ、その格好! ど、どこから入」
「これかい? フーポーに借りたんだよ。制服姿なら学院を彷徨いても怪しまれないし、仕事は全部カルナとフーポーに任せてきたんだ。ちなみに玄関から入ったよ、コレで」
 指先に光る一本の針金。まるで泥棒だ。
「面白い店を見つけたんだよ。カルナはつれないし一人ではどうにも心細くて」
「わかりました」
 言い出したら聞かない人だと思いながら身支度を始める。
 いくらフーポーの弟子だからといって、殆ど知りもしない小娘が相手だ。
 国王が職務を放り出して遊びに誘うとか、気安過ぎるのはどうなのだろう、と言う疑問を抱かずにいられない。貴族相手の礼儀作法が分からないヨルシャとしては、気を使わなくて良いのは助かるが、大きな子供みたいな人だと思いながら財布を捜す。
「そうだヨルシャ殿、フーポーの妻になってみないか」
「はいは……、は?」
 一緒にお茶でもどうですか? とでも言うような気軽さに耳を疑う。
「私はそういうのじゃありません」
 顔を顰めて即答した。イルノュド王は陽気に笑う。
「またまたァ、恥ずかしがらなくてもいいんだよ。神に誓って他言したりはしないから」
 流石、フーポーの幼馴染み。
 胸の当たりで両手を組む様が胡散臭い。
「だから! 私とフーポーは師弟関係です。親友みたいなものです。恋人とかそんな」
「今は、だろう」
 眉を顰めたヨルシャに、イルノュド王は意味深な笑みを口元に讃えた。
「将来の事は誰にも分からない」
「だからって、茶化さないでください」
「からかわれるのは癪に障ると? ヨルシャ殿。一度、真面目に考えて頂けないかな」
 首を傾げて伺うイルノュド王に、断固として拒否を貫く。
「頂けません」
「そこをなんとか」
「頂けません」
「そうおっしゃらずに」
「頂けません」
「この老いぼれ、一生の頼みだよ」
「しつこい! 大体、国王様はまだお若いはずでしょう、何が老いぼれなのよ」
 哀願するイルノュド王がうざっこくなり、声を荒げて怒りを露わにした。
 眉を顰めて椅子に体重を預けたイルノュド王は、白手袋を填めた両手を組んで小さく唸る。
「……手強い」
「他の女生徒と一緒にしないでください」
「願いのものは何でも手に入るよ。贅沢し放題で、お金持ち、人生の勝ち組だろうね」
 一瞬、理性が傾く。
 だが穀潰しの、何処にそんな甲斐性があるというのか。
 気を取り直して決意を固めると、イルノュド王を睨みつけた。
「私、知ってるんですよ。フーポーに奥さんも子供もいるって、みんなが認めてくれないって影でぼやいてるの。国王様は知ってるんでしょう? 幼馴染みなんでしょう? 何故味方になってあげないんですか」
 イルノュド王の口元から笑みが消えた。
「フーポーが話したんだね? どうせ都合のいい部分だけだろう」
 仮面をつけているから詳細な表情までは伺い知れなかったが、呆れの色が垣間見えた。
「どういう意味ですか」
「知っての通り、フーポーは以前女性と関係を結んだ。子も授かった。ああ見えてフーポーは狡賢い上に頑固でね、俗に言う『できちゃった結婚』を狙ったんだが……周囲は認めなかった。これには事情がある」
 フーポーが大人の事情で話せないが、と複雑な顔をしていた事を思い出す。
「その者との婚姻は、我ら竜族にとって先祖が定めた禁忌だ」
「所謂、禁断の恋ってやつですか?」
 白く薄い唇が、楽しそうに弧を描いた。
「ふっふっふ、障害があればあるほど愛は燃えるからねぇ。じゃなくて。つまり禁忌中の禁忌だった訳だ。フーポーは其れを破った。だから皆は慌てて二人を引き離したんだよ」
 やけに愉快な国王様だ。
「私みたいな部外者が口出すのもなんだけど、それっていい迷惑じゃない? ご先祖様同士に何があったのかは知らないけど、昔の怨恨を子孫に継がせてもいいこと無いわ」
 無礼な態度に怒りもせず、イルノュド王は淡々と語る。
「怨恨ではないよ」
「じゃあなによ」
「我ら竜族の身体に異常をきたす」
「どういう意味?」
 イルノュド王は机に肘を突いた。
「我々も、当時は何故それが禁忌なのか知らなかった。後に最長老から理由を伺い理解したよ。かの一族は、人であって人ではないもの。竜族にとって、かの一族との交わりは毒、自害に等しき行為。彼が薬を常用しているのを知っているかな?」
 歌花祭の時に怪しげな水を飲んでいた事を思い出す。
「いつも水にいれて飲んでるやつ?」
「そうだ。あれは彼の命を支える為に、最長老が調合したもの。あれなくしてフーポーの健康は成り立たない。一連の事件は隠蔽され、妻が認められない所以になるね」
 地上最強の竜族を脅かす種族なんてものが存在するのか。
「何故、隠蔽する必要があるの」
「公表すると国民や他国に大きな影響を及ぼす」
 国民や他国という言葉が癪に障った。
 イルノュド王や大貴族ならばいざ知らず、フーポーは白家縁の穀潰し。
 いくら縁者だからと言って、其処まで自由を制限する事が理解できなかった。
「禁忌を破ったから? でも子供がいるんでしょう? 認知してあげればいいじゃない。フーポーだって薬に頼っていても生きてるんだから、お父さんにならせてあげなさいよ」
 子供の顔が見たかった、と。
 そう呟いていた時の、寂しそうな顔が脳裏から離れない。
 次に大切な人が出来たら、愛想を尽かされないようにしろと叱咤した。しかし結婚相手が国王や外聞を気にする者達によって操作されている。フーポーが気弱なのは無理もない話だろう。
「御子は、危険と判断されたので今は北国に預けている。北国に住まう最長老の庇護下であれば平穏な一生を送れるというのでフーポーも同意したよ、渋々だったけどね」
「易々と渡したの? あの莫迦は」
「最長老は命の恩人であり、我々は勿論、王であっても頭が上がらない相手だからね」
 いくら命の恩人とはいえ理由を付けて人の子供を攫うなど極悪人だ。
「しんっっじらんない。文句言って来る!」
「まだ話は済んでないよ」
 物凄い力で腕を捕まれた。
「私は話すことなんか無いわ」
「せめて、フーポーの妻になると頷くなら、手を放してもいいよ」
 本当にうんざりするほど執拗だ。
「莫迦言わないで下さい。結婚は好き会う者同士が一緒になるものでしょう。いくら礼儀知らずの私だって、ひとんちの旦那を寝取るような真似はしないわよ!」
 随分お節介で厄介な愛の使者だと思う。
 これが結婚云々という身に迫った話でなければ、国王からの願いをはねのけられる自信はない。イルノュド王は口元に紳士の笑みを浮かべた。ゆっくりと顔を近づけて、耳元に毒を囁く。
「恋に愛情は必要不可欠だけど、結婚に愛はいらないよ?」
「いきなり卑劣な発言しないで」
 顔を遠ざける。イルノュド王は「参ったな」と空いた手で首を掻いていた。
「実はヨルシャ殿を妻に、という理由は、ある重大な問題を解決できるからなんだ」
 赤銅の眉を顰める。こんな学院に売られた卑賤の身に、何が出来るというのか。
「竜族が原則として生涯に一人しか妻を娶らない、という話は詳しくご存じかな」
「前にお聞きした程度です、本当なの?」
「ああ。我々は一途なんだよ。何故、妻を一人しか選ばないかというと、所謂竜族の本能のようなものでね。生涯に一人しか選ばない傾向があるんだ。しかもこれと決めた異性以外には、何故かたたな」
 もぎゅ、と手が口を覆う。
 卑猥な言葉は間一髪で留められた。
「みなまで言わんでよろしい! 尚更、子供取り返した方がいいじゃない」
「例外がある。我々は本能に従い妻や子を大切にする。失うことは大損害に繋がるからね。フーポーの場合、禁忌の相手を妻に選ばれた……これは一国の王として致命的なんだ」
 そりゃあそうだろう。
 思った刹那、ヨルシャは固まった。
「ところが稀に二人目を選ぶことがある。これは絶対ではないんだよ。世界的な記録にも数例しか見られない、稀少な現象だ。記録曰く、その二人目には異性と言うより親愛に近い情を抱く傾向が強いとかで」
「ちょ、ちょっと、待った待った! フーポーの話ですよね? 相手を間違えてませんか」
 脳裏を過ぎった恐ろしい想像をうち消しながら乾いた笑いを発する。
 イルノュド王の口元が蛇の様に吊り上がった。
「ヨルシャ殿は、この期におよんで彼が『白家縁の落ちこぼれ』だとお思いかな」
 笑みが凍った。
 ヨルシャの腕を掴んだままで、イルノュド王だった男は優雅に腰を折る。
「改めて自己紹介を致します。私の名はパイ・ヨンリィ。イルノュド国の四大公爵家が白家の現当主であり、国王秘書代理パイ・カルナの父でございます」
 双眸を覆っていた仮面の紐を解いた。
 仮面の下から現れた白面の美貌。艶やかな黒髪に端整な顔立ち、涼しげな目元、見えぬと言われていた瞳は、冴え冴えとした白緑の色を湛えている。近くから見たその顔は、フーポーと瓜二つだった。フーポーよりも若干若く見えるが、仮面の状態で並んだ二人を一見して判別するのは難しいだろう。
 親しみを覚える顔が、今は遠い。
「表向き私は不治の病で床に伏している事になっていますが、見ての通り陛下の身代わりを務めております。ヨルシャ殿の師の本名はリン・フーポー。イルノュド国リン王家の直系、第八代イルノュド国の今上陛下であらせられます」
 深々と頭を垂れる。
 ヨルシャは大口を開けたまま動かない。
「と、改まった挨拶はこんなところでいいかな。そんなわけで私が愛しているのはカルナの母一人。今後は、ヨン様って呼んでくれてかまわないよ」
 其れまでの重々しい雰囲気は瞬く間に消え去り、けろっとした態度のヨンリィがヨルシャの肩を労るように軽く叩く。ヨルシャが、ただ言葉を復唱した。
「……オウサマ」
「そうとも! 引き籠もりがちな国王様になって早二十年が経つけれど、歴とした我らが主君であることには違いないね。物事の重大さをご理解いただけたかな?」
「そんなの一言も」
 聞いてない。
「そりゃあ、陛下は国王という地位がお嫌いだからね。本人曰く『僕よりも優秀な者など沢山いるだろう。飾りの王など放っておいてくれ』だし、自発的に言うことは無いだろうね」
 ああ、うん、言いそう。
 霞む脳裏でぼんやりと思う。
「流石に黙りっぱなしは気の毒かと思ってねぇ……、未来の妃殿には真剣に考えていただかないとならないから、そろそろ師弟ごっこも潮時かな、とね」
 黙りっぱなしが気の毒? 師弟ごっこ?
 今まで積み重ねてきたものは、全て偽りで遊びだったとでも言いたいのだろうか。
 ヨルシャの心は、怒りで山火事のように燃え上がりつつあった。
 楽しかった。歌も知識も、他人との接し方も教えて貰った。
 これからも変わらずにいられると、信じていた。
「つまり私に二人目の王妃になれと?」
「勿論」
「あほくさ。私とフーポーは師弟関係だっていったでしょう」
 真剣な議論を『あほくさ』の一言で斬って捨てたヨルシャは動揺を胸の中にしまい込もうと努力しながら身を翻す。
 信じていた。
 見捨てられた者同士、気の合う者同士、立場が似通った者同士。
 傍にいて疲れない。苦しくない。楽しいままで過ごしていられた。エターニティの師弟関係を結び、助け合えたらどれほど幸せか。けれど舞い上がっていたのは、自分一人。
 フーポーは王、万民が望みし天上の都を統べる者、皆に望まれた高貴な身分。
 どうして気づかなかったのか。
 落ち着いた物腰、着ている物の贅沢さ、普通の生徒が二十年も学院にいられるか?
 家は金持ちではないかと聞いた、貴族なのかと訊ねた。
 その度に、はぐらかされた。
「無視しないでおくれよ。いいかな、ヨルシャ殿。陛下の妃と後継者問題は国の大事」
「だから私は関係ないといってるでしょう」
 腕を捕まれたまま扉に向かって歩いていく。ヨンリィが後ろに続く。
「陛下のレディン学院入学を議会が許可したのは、半分妃探しの為なんだよ」
 返事をしない。押し黙ったまま扉を目指す。
「過去に複数の女生徒とお付き合いされ、歌を教える事もあった。だが、今回のような長期間の接触は異例なんだ。しかも陛下は師としてだが、ヨルシャ殿を守る為に四方八方手を尽くしている、こんなこと過去にはなかったんだよ」
「私とフーポーの気が合うだけでしょ、私は他の女子みたくキャーキャー言わないから」
 扉から出ていく。ヨンリィの体が部屋から出たのを確認して身を翻す。
「其処が大事なんだ。陛下は一匹狼のような状態が長く」
 勢いで扉を閉める。腕を挟まれた衝撃で、ヨンリィは呻きながら手を引っ込めた。
 バタン、と無慈悲に扉は閉まった。



 暖炉で深紅の炎がはぜている。
 見窄らしい薬缶が鳴った。重い足取りで傍に向かい、火から下ろす。
 薬缶を机の上に置く。傍に、差し入れのアピーが転がっていた。艶やかな表面にぼんやりとヨルシャの顔が浮かぶ。視線を逸らして、棚から自分用のコップとリラス茶の缶を持ち出した。
 さぁ、と冷気が首筋を撫でていく。
 開け放たれたままの扉から人影が現れた。相変わらず寝室の窓から忍んで来たのだろう。
「いたいた。聞いてよ、陛下とカルナに酷いこき使われてさー」
 ヨルシャは唇を噛み締めた。
 訪問者が椅子に座る音がする。取り出したコップと缶を机の上に置いて棚の方向に向かった。取ってこなければならない物がある。
 沈黙したままのヨルシャに対して、相手は懐から一枚の用紙を取り出した。
「実はエターニティの申請書を取りに事務室に行ってきたんだけど、外出許可がとれたんだよ! 正式に隠れなくて遊びにいけ……る……」
 コエが尻窄みに小さくなっていく。
 ようやく異質な空気に気づいたのだろう。感情が微塵も浮かばない顔を椅子から見上げている。ヨルシャは棚から持ってきた、ある物を握りしめた。震える声を絞り出す。
「本日は遙々お越し頂き、真にありがとうございます。この度は沢山のご迷惑をおかけしてしまいましたが、お優しい配慮に感謝の言葉もございません」
 自分でも驚くほど冷たい言葉が唇から零れた。
 もう決めた。後戻りは出来ない。
「……ヨルシャ?」
 これ以上、顔を見たくなくて瞼を伏せた。
 深呼吸一つして膝を折り、足下にひれ伏す。取ってきた物を指先に置いた。
「私のような卑賤の身に、多大なるご厚情を賜り、なんとお礼を申し上げればいいのか分かりません。せめてものお詫びと感謝を込めまして、此方の品をお納め下さいませ」
 赤い布に包まれたソレは夜祭りの屋台で手に入れた、幻月岩だった。
 部屋中をひっくり返して価値のある物は、これしか思い浮かばなかった。
「どうしたの? 急に」
 震える声が聞こえる。顔は見ない。見なくても想像がつく。
「パイ・ヨンリィ様より全て伺いました。知らなかったとはいえど、数々の無礼をお許し下さいませ。もう私のような者に構わずともよいのです」
 ――――終わった。全てが。
 刹那の沈黙が非常に長い錯覚を覚えた。これで再び元の生活が戻ってくる。
 悲しくはない。悔しくはない。祭が見せたささやかな夢だと思えば良い思い出になる。
 早く立ち去ってくれと、願った。堪えているものが崩れないうちに。
「ヨルシャ!」
 派手な音がする。襤褸の椅子が倒れたのだろう。もしかしたら床に傷が付いているかも知れない。部屋の修理は自己負担だから、少々お金がかかるかも知れない。困ったな。
 冷めた頭で考えていた。肩に痛みが走り、強制的に体を起こされた。
 視界に飛び込んできたのは見慣れた白面。人ならざる翡翠の瞳。
 信頼を寄せた師匠だった者。
「放して。楽しかった?」
 視界が急にぶれていく。目の前の顔がよく見えない。
 泣いているのだと理解するのに、時間がかかった。
 理解すれば堰を切ったように涙が溢れてくる。悲しいのか、悔しいのか、腹が立つのか。
 ヨルシャにはもう分からなかった。
「親に売られた小娘を哀れむのは、さぞ面白かったでしょう。満たされた? 満足した? 私なんかほっといてよ! 惨めな思いはもう沢山!」
 無我夢中で腕を振り払おうとした。
「ヨンに何を言われた」
 振り払えない。肩に爪が食い込む。尋常ではない握力に肩が痛い。
「それ持って帰って! 国民が王の帰りをお待ちしてますわ!」
「何を言われたんだ」
「嫌、もう嫌、なんでこんな目に合わなきゃいけないの、もうやだ、やだぁ!」
「答えるんだ!」
 初めて聞いた怒号。
 息が止まった。嗚咽が零れた。惨めだった。
 フーポーの溜息が聞こえる。肩の拘束が緩んだ。解放されたのかと思れば、片手を握りしめられる。肩を掴んでいた手とは思えないほど、弱い力で。もう片手はそっと頬に触れてきた。ゆっくりと顔の角度を挙げていく。翡翠の瞳が鮮やかに映った。
「……いいかい、もう一度聞くよ。ヨンに何を言われたの」
 何度も聞き惚れた優しい美声。頬に触れる骨張った手が懐かしい。
「ぅっく、ふっ、二人目の、き、妃に、なれって」


 ヨルシャは人気の消えた回廊をあてもなく歩いていた。
 右手に幻月岩の小石を持って、月光と点在する庭の幻月岩の光を頼りにして。部屋には居たくなかったし、フーポーも何処かへ走り去ったからだ。
 いつ何時も変わることのない漆黒の空を見上げた。
 蜜蝋色の光に目を奪われる。真夜中の暗い道を一人で歩くのが怖かった。隣にはシエタがいてくれた。シエタと喧嘩してからは、フーポーが傍に立っていてくれた。
 今は隣を見ても、誰もいない。
 暗闇が怖いのに、今は恐れを感じない。全てを包み込み覆い隠す闇が、心地よい。
 ヨルシャの足は、自然と幻月岩の無い庭に向いていた。薄暗い中庭に、寂しげに置かれた石椅子に腰掛ける。体重を背もたれに預けて、誘われるまま睡魔に意識を委ねていく。
 ぱちん、と頬を叩かれた。反射的に手を掴む。子供の手だ。
 相手の顔を見て、我に返った。
「なんであんたがこんなとこにいんのよ」
 綿毛のような白い髪。褐色の肌に新緑の瞳。身を覆う豪華な異国装束。
 今回の騒ぎの元凶であり、正義感ばかりが強い若きサイデラーデ王、シー・ルイシア。
「我は来賓だぞ。そしてお前を連れ帰ると決めている。早く首を縦に振れ」
 変化のない横暴ぶりに、ヨルシャの唇が震えた。
「こ。このチビガキ」
「ガキではない! 西国サイデラーデの竜王だ」
 胸を張って王だと言い張る。同じ竜王でもフーポーとは全く違う。怒りでわなわなと震えているヨルシャの隣に、少年王は腰掛けた。訝しげなヨルシャの顔を見ずに言い放つ。
「若い女人が、こんな場所に一人で寝ていてはならぬ。大体泣くと不細工になるぞ」
 あまりな言い方で頭に血が上る。言い返そうと思ったが、言葉を飲み込む。
 少年王なりの気遣いだと、気が付いたからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

モン・シッター!〜元SS級天才テイマーが、モンスターのお世話をしたら〜

はーこ
ファンタジー
あたらしい街へやってきてすぐ、お財布を落としてしまってトホホなソラ。そこへ偶然通りがかった見知らぬモンスターと、シュシュのおかげで、なんかお財布が戻ってきた!? シュシュはずいぶん変わった子。しかもモンスターのお世話をする『モン・シッター』という、聞いたことのないお仕事をしていて。 だけどポジティブ少年ソラは、そんなことはどうでもよかった。しかたない、行くあてがないんだもの。 「僕をしもべにしてくれませんか!」 そんなこんなではじまった、ソラとシュシュの奇妙な旅。ちっちゃいトレントにスライムもどき。モンスターさまのごはんやおさんぽ、なんでもござれ! ただしヒトさまはおことわり!

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

世界を滅ぼす?魔王の子に転生した女子高生。レベル1の村人にタコ殴りされるくらい弱い私が、いつしか世界を征服する大魔王になる物語であーる。

ninjin
ファンタジー
 魔王の子供に転生した女子高生。絶大なる魔力を魔王から引き継ぐが、悪魔が怖くて悪魔との契約に失敗してしまう。  悪魔との契約は、絶大なる特殊能力を手に入れる大事な儀式である。その悪魔との契約に失敗した主人公ルシスは、天使様にみそめられて、7大天使様と契約することになる。  しかし、魔王が天使と契約するには、大きな犠牲が伴うのであった。それは、5年間魔力を失うのであった。  魔力を失ったルシスは、レベル1の村人にもタコ殴りされるくらいに弱くなり、魔界の魔王書庫に幽閉される。  魔王書庫にてルシスは、秘密裏に7大天使様の力を借りて、壮絶な特訓を受けて、魔力を取り戻した時のために力を蓄えていた。  しかし、10歳の誕生日を迎えて、絶大なる魔力を取り戻す前日に、ルシスは魔界から追放されてしまうのであった。

【第2部完結】勇者参上!!~究極奥義を取得した俺は来た技全部跳ね返す!究極術式?十字剣?最強魔王?全部まとめてかかってこいや!!~

Bonzaebon
ファンタジー
『ヤツは泥だらけになっても、傷だらけになろうとも立ち上がる。』  元居た流派の宗家に命を狙われ、激戦の末、究極奥義を完成させ、大武会を制した勇者ロア。彼は強敵達との戦いを経て名実ともに強くなった。  「今度は……みんなに恩返しをしていく番だ!」  仲間がいてくれたから成長できた。だからこそ、仲間のみんなの力になりたい。そう思った彼は旅を続ける。俺だけじゃない、みんなもそれぞれ問題を抱えている。勇者ならそれを手助けしなきゃいけない。 『それはいつか、あなたの勇気に火を灯す……。』

処理中です...