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「何言ってるの!そんなお金中学生が使う額じゃないわよ!」

 一度だけ母親にお小遣いの話を持ち掛けた時に、言われた言葉だった。

 何かがプツンと切れた音がした。

 何もかも我慢して小学校の残り三年間を母親の為に捧げたのにも関わらず、母親の態度はなんだ。

 高卒の無能な父。
 
 高卒の無能な父に寄生しないと生きていけない母。

 自分のステータスしか話さない同級生。

 全てに振り回されている自分にうんざりだった。

「分かったよ。確かに母さんの言う通りだね」

 笑顔を浮かべ、その場は引き下がり、夜中になると両親の財布から金を盗んだ。

 誘われた遊びのうち、三回に一回は顔を出すことで仲間外れにされることを避けた。

 よくよく周りを観察すると、中学校に入ったばかりで気を抜いている奴らばかりだった。

 学校で上手くやっていくコツは、勉強が出来るか、スポーツで優秀か、金を持っているか。

 金もスポーツも捨てて、圭太は勉強に集中した。

 テスト前になると、問題集を作成して、遊びの時に金を出すことを条件に出して、金がないことを悟られないようにした。

 仲間外れにされなければいい。

 あいつは勉強があるから。

 その一言を言われるために、必死になって勉強を積み重ねた。

 そして、誰にでも愛想よく。

 嫌われないように。

 いいポジションをキープしていれば、どうにか六年間乗り切れる。

 そんなことを思っていた矢先だった。

 トイレに行こうと階段の踊り場まで足を運んだ時、聞きなれた友人たちの声が聞こえてきた。

「なあ、荒巻のこと、どう思う?」

「ああ、俺も思ってた。あいつ、金がないからって必死すぎて痛いよな。家が貧乏なのは、持ち物見てたら分かるのに、金持ちぶっててさ。笑いこらえるの毎回大変なんだけど」

「それ、俺も思ってた。成績なんてあいつより優秀な家庭教師雇ってるっていうのに、毎回変なダサいノート渡してきてさ。間に合ってますって言いづらいのなんのって」

「わかる。あれ分かりにくいんだよな」

「まあ、表面上は話してやればいいんじゃね?」

「イジメだとか騒がれてもめんどくせえしな」

「だな。でも俺今荒巻の顔見たら笑っちゃうかも」

「やめろよ。そんなこと言われたら俺も噴き出す」

 仲良くしていると思っていた人間達からの突然の陰口に、背筋が凍った。

 笑顔で受け取ってたじゃないか。

 俺のノートが有難いって毎回言ってたじゃないか。

 こんなことだったら、誰か大人に買収していると見つかって叱られた方が何百倍もマシだった。

 自分より下だと思っていた人間達からの哀れみ。

 いい中学に行けば、いい大学に、いい就職先に。

 いい人生が送れると言ってたではないか。

 なんで、こんな目に合わなきゃいけないんだ。

 あの努力した時間は何だったんだ。

 授業開始の鐘が鳴る。

 早く教室に戻らなくては、進学校の授業は早い。

 中学受験の塾代と、私学の高い学費のおかげで、塾に通える余裕はないのだ。

 授業についていけなくなったら、価値がなくなる。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。
 
 荒巻は走って、トイレに駆け込み便器の中に思い切り吐いた。

 
 
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