英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

Episode10:Will you marry me?

2

　準備も万全だと思われた時だった。

「清水さん。ちょっと」

　荒巻に呼ばれて、何事かと思い、彼の後をついていく。

　そこには、萌衣とTOMOKAのコラボ商品および、荒巻が担当したスプリングコレクションのディスプレイが、散々に壊されていたのだ。

　ファンデーション、チーク、ハイライトの粉は、粉々になってしまってもう使い物にならない。
　
　ディスプレイ用の布生地の上で、それぞれが交じり合っていた。

　床に落ちた中身が剥き出しの口紅も、踏みつぶされたような跡があった。

　スタッフもだいぶ帰ってしまった後だったので、直すには一苦労だ。

「誰だよ。こんなことやった奴……」

　荒巻が苛立った声色で、深くため息をついた。

「予備が確か、倉庫になかったですっけ？」

　万が一の時のことも考えて、多めに発注をとジャンから指示を受けていた。

　その時は、そんなに発注しなくてもと思っていたが、その万が一が起きてしまったので、結果的に多めに発注しておいてよかったと萌衣は安堵するのだった。

「ああ、確かブラウン部長の指示で多めに発注したんだけっね。俺、他の人を呼んでここを片付けるから、清水さん本社に取りに行ってくれないかな」

　荒巻の指示に頷いて、萌衣は壊された商品のメモを取って、本社へと急いだ。

　夜の本社は、不気味なほど静かだ。

　閑散としたオフィスを通り過ぎて、地下にある倉庫へと向かう。

　それにしても、一体だれがあんなことをしたのだろうか。

　大事なイベントの前に、自社の商品をあそこまでめちゃくちゃにできるなんて、あまりにもひどすぎる。

　倉庫の鍵を開けて、メモを取った商品番号を一つ一つ確認していった。

　TOMOKAの紹介人とは誰だろう。

　ジャンは一緒に行ってくれるだろうか。

　そんなことを考えていた時だった。

「清水さん！」

　荒巻の声が聞こえて、萌衣は振り返った。

「荒巻さん！」

「向こうの人手が足りたから、俺もこっち来ちゃった。手伝うよ」

「ありがとうございます。全部持っていくの大変だったので、助かります」
　
　荒巻が来てくれて助かった。

　慣れたオフィスとはいえ、薄暗い地下の倉庫に一人でいるのは、少しだけ心細かったのだ。

「本当、まいっちゃうよね」

　荒巻の言葉に、萌衣も「そうですね」と同意した。

「清水さんはさ……」

「はい」

「どんな手を使ったの？」

　荒巻の言っている意味が分からなくて、萌衣は荒巻の方を見た。
　
　荒巻は、手に取った萌衣とTOMOKAの商品の箱をぎゅっと握りつぶしていた。

「荒巻さん……？」

　ただならぬ雰囲気に、萌衣は恐ろしくなって後退りをするが、背後は行き止まりだった。