英雄王と鳥籠の中の姫君

坂合奏

文字の大きさ
上 下
36 / 57
episode06:非情な来訪者

4

しおりを挟む

 湯あみを終えて、自分の部屋に戻ろうとするとクノリスに引きとめられた。

「こちらへ来なさい」

「でも……」

「君の国がしたことと、俺と君が一緒に過ごす「ことは別問題と考えて欲しいのだが」

 クノリスの言葉に幾分か気持ちがホッとしたものの、自分の国というだけではなく、親がそのような仕打ちをクノリスに続けていることが、恥ずかしくてたまらなかった。

 あの古びた匂いのきつい黄ばんだドレスから始まり、あまりに常識知らずで非道な仕打ちの上に、アダブランカ王国に金をせびるような真似まで初めて、あまりにみっともない。

「分かっています……」

 力なくリーリエが答えると、クノリスはリーリエの手を取って、自分の部屋へと引っ張った。

「何度も言う。君と、君の国の行動は別問題だ」

 クノリスの言葉に頷きつつも、リーリエは自分自身では何もできないことを痛感していた。

 この国に来た当初は、何か問題があれば逃げてしまえばいいと、リーリエは思っていたようなところがあったが、今はクノリスの傍にいたいと思い始めていた。

「こちらへ来なさい」

 クノリスの優しい言葉につられるようにして、リーリエは彼の胸に顔を埋めた。

「私に何かできることがあったら、なんでもします」

「君は俺の傍にいてくれればそれでいい。使者で問題が解決しないようなら、実際にあの国へ行って交渉するさ」

「グランドールへ行くつもりなの?」

 抱きしめられていた腕を振りほどいて、リーリエはクノリスを信じられないといった表情で見た。

 クノリスはリーリエの言いたいことが分かっているようだった。

「服の中さえ見られなければ問題はない」

「もし、当時のあなたを覚えている人がいたら?」

「一番近くで俺の顔を見て、覚えていなかった人間が目の前にいるというのに?」

 クノリスは皮肉めいた口調で、リーリエをからかった。

「それは……私、あの頃の記憶を消したくて……」

「君にとっても俺にとってもいい記憶ではないからな」

「でも、危ないわ。宮廷の中には覚えている人もいるかもしれない」

 クノリスが元グランドール王国の奴隷だとバレれば、一国の王だとしても捕らえられて処刑されてしまうだろう。

 グランドール王国の中では、生まれ持った身分というのはそれほどまでに絶対なのだ。

「使者で問題が解決しないようならって話だ。まだ行くとも決まったわけではないから安心しなさい」

 クノリスのなだめる声を聞きながらも、リーリエは不安をぬぐい去ることが出来なかった。


***


 クノリスが宮中で立ち回っている中、リーリエは気が進んでいなかったが、中で婚儀の儀式の準備や、結婚式のドレスの採寸など、やることはたくさんあった。 

 リーリエに宮中で被害が及ばないよう、クノリスが騎士団のボディーガードを増やしてくれたので、特に過ごすことに問題はなかった。

 しかし、城の中にいる人間の誰が結婚反対派の人間なのか気になってしまい、グランドール王国がアダブランカ王国に金をせびっていると、一体何人の人間が知っているのだろうと気になって仕方がなかった。

「リーリエ姫。君はあれだね。圧倒的に自信がない」

 昼食を取っている際に、ダットーリオが言い放った。

「そうかもしれません……」

「君の人生の背景を全て知っている訳ではないけれど、王継承問題などで幽閉されたりひどい扱いを受けたりしている王族というのは、よくある話だ」

「そうなんですね……」

「そういうところだよ。私が、君を陥れようとしたら、まずその自信のなさから懐柔して、やりたい放題やるね。王族なんてのは、厚かましいくらいが充分なんだよ。クノリスだって一種の傲慢さがあるから王様をやっていけるんだ。私だってそうだ。人の上に立つ人間は、傲慢さを持って人を支配しなければならない」

 ダットーリオの言っていることは理解できる。

 悩んでばかりの国のリーダーに誰が付いていきたいと思うだろうか。

「君の祖国がどうしようと、君は君だ。君がこの国で貢献できることをまず考えるべきだろう」

「私に出来ることですか……?」

 ダットーリオはサンドイッチを頬張ると、ミーナに熱いお茶のお替りを求めた。

 ミーナは淹れたてのお茶をダットーリオに差し出し「リーリエ様。あまりご無理なさらないように」と心配そうな表情で見た。

「ミーナ君。あまり君の主人を甘やかさないように。彼女には、女王としての躾ではなく飼い犬としての躾をした人物がいるようだからね。ここで飼い犬から支配する人間に成長してもらわないと、アダブランカ王国だけでなく、イタカリーナ王国までにも被害が及ぶ」

 あまりにひどい言われようだが、飼い犬とはよく言い得たものだった。

 継母であるモルガナがリーリエにした行為は、人間に対する躾ではなかった。

「どう変わるかは、自分の考え方次第だ。君はどうしたい?」

 昼食が終わっても、リーリエの頭の中には、ダットーリオの言葉がずっと残っているのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆ 第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます! かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」 なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。 そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。 なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!  しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。 そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる! しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは? それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!  そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。 奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。 ※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」 ※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」

ヤンデレ王子とだけは結婚したくない

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢ハリエットは、5歳のある日、未来の婚約者だと紹介された少年を見てすべてを思い出し、気づいてしまった。  前世で好きだった乙女ゲームのキャラクター、しかも悪役令嬢ハリエットに転生してしまったことに。  そのゲームの隠し攻略対象である第一王子の婚約者として選ばれた彼女は、社交界の華と呼ばれる自分よりもぽっと出の庶民である主人公がちやほやされるのが気に食わず、徹底的に虐めるという凄まじい性格をした少女であるが。  彼女は、第一王子の歪んだ性格の形成者でもあった。  幼いころから高飛車で苛烈な性格だったハリエットは、大人しい少年であった第一王子に繰り返し虐めを行う。  そのせいで自分の殻に閉じこもってしまった彼は、自分を唯一愛してくれると信じてやまない主人公に対し、恐ろしいほどのヤンデレ属性を発揮する。  彼ルートに入れば、第一王子は自分を狂わせた女、悪役令嬢ハリエットを自らの手で始末するのだったが――。  それは嫌だ。  死にたくない。  ということで、ストーリーに反して彼に優しくし始めるハリエット。  王子とはうまいこと良い関係を結びつつ、将来のために結婚しない方向性で――。  そんなことを考えていた彼女は、第一王子のヤンデレ属性が自分の方を向き始めていることに、全く気づいていなかった。

私の幼馴染の方がすごいんですが…。〜虐められた私を溺愛する3人の復讐劇〜

めろめろす
恋愛
片田舎から村を救うために都会の学校にやってきたエールカ・モキュル。国のエリートたちが集う学校で、エールカは学校のエリートたちに目を付けられる。見た目が整っている王子たちに自分達の美貌や魔法の腕を自慢されるもの 「いや、私の幼馴染の方がすごいので…。」 と本音をポロリ。  その日から片田舎にそんな人たちがいるものかと馬鹿にされ嘘つきよばわりされいじめが始まってしまう。 その後、問題を起こし退学処分となったエールカを迎えにきたのは、とんでもない美形の男で…。 「俺たちの幼馴染がお世話になったようで?」 幼馴染たちの復讐が始まる。 カクヨムにも掲載中。 HOTランキング10位ありがとうございます(9/10)

冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。

八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。 普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると 「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」 と告げられた。 もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…? 「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」 「いやいや、大丈夫ですので。」 「エリーゼの話はとても面白いな。」 「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」 「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」 「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」 この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。 ※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。 ※誤字脱字等あります。 ※虐めや流血描写があります。 ※ご都合主義です。 ハッピーエンド予定。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

竜王の加護を持つ公爵令嬢は婚約破棄後、隣国の竜騎士達に溺愛される

海野すじこ
恋愛
この世界で、唯一竜王の加護を持つ公爵令嬢アンジェリーナは、婚約者である王太子から冷遇されていた。 王太子自らアンジェリーナを婚約者にと望んで結ばれた婚約だったはずなのに。 無理矢理王宮に呼び出され、住まわされ、実家に帰ることも許されず...。 冷遇されつつも一人耐えて来たアンジェリーナ。 ある日、宰相に呼び出され婚約破棄が成立した事が告げられる。そして、隣国の竜王国ベルーガへ行く事を命じられ隣国へと旅立つが...。 待っていたのは竜騎士達からの溺愛だった。 竜騎士と竜の加護を持つ公爵令嬢のラブストーリー。

異世界に転生したので、とりあえず戦闘メイドを育てます。

佐々木サイ
ファンタジー
異世界の辺境貴族の長男として転生した主人公は、前世で何をしていたかすら思い出せない。 次期領主の最有力候補になるが、領地経営なんてした事ないし、災害級の魔法が放てるわけでもない・・・・・・ ならばっ! 異世界に転生したので、頼れる相棒と共に、仲間や家族と共に成り上がれっ! 実はこっそりカクヨムでも公開していたり・・・・・・

処理中です...