18 / 57
episode03:王都トスカニーニ
4
しおりを挟む城に到着するなり、ガルベルは馬車の運転手にリーリエを任せると、援軍を連れて城の外へと戻って行ってしまった。
リーリエの帰りを知らされた城の侍女たちが慌てて、馬車のところへ駆けつける。
主人の帰宅の知らせを聞いたミーナが、息を切らして「随分早かったですね」と驚いた表情を浮かべていた。
リーリエは、騒ぎ立ててはいけないと思い、リーリエは「何があったのですか?」と不安気な表情を浮かべる侍女たちに向かって微笑んだ。
「少し問題があったようですが、大丈夫です。それよりも城の中へ入れてください」
「しょ……承知しました」
不安げな表情を浮かべている侍女たちは、リーリエの毅然とした態度に驚いたようだった。
「ミーナ。疲れたわ。部屋で休む準備をしてもらえる」
「承知しました」
ミーナだけが、いつもと変わらない様子でリーリエに頭を下げた。
部屋に戻り、ミーナと二人きりになった時に初めて、ミーナが「問題があったのですか?」と静かに尋ねた。
リーリエは、城の外であったことを説明した。
「なるほど……前王政派の人間達が」
ミーナはリーリエの話を聞いて納得しているようだった。
「ミーナ。前王政派の人間は、一体何が気に食わないの?クノリス王が王になってアダブランカ王国は平和になったんでしょう?」
リーリエの質問に、ミーナは首を横に振った。
「全員が、平和になったというわけではございません。奴隷制度を撤廃したことで、仕事を失った人間もいるのです」
「仕事を失った人もいるのね……」
「その多くが、人間達を奴隷として商売していた人物たちですから、仕方がないと思いますがね」
グランドール王国でも、幾人もの奴隷商人をリーリエは観たことがあるし、奴隷もたくさん見てきた。
奴隷制度を失くしたことで、あの商人達の生活は成り立たなくなるのだと、急に身近な問題としてリーリエは感じた。
昔、リーリエの母親であるサーシャが実現したかった世界がアダブランカ王国では実際に起きているのだ。
「すごいですね……アダブランカ王国は」
「すごいのは、この国ではなくリーリエ様の夫となるクノリス様です。本日は怖い思いをされましたね。湯あみの準備を整えておきましたので、その汚れたお召し物もお取り換えいたしましょう」
***
その日は、夜遅くになってもクノリスは戻ってこなかった。
突然飛んできた弓矢が、万が一自分の身体に突き刺さっていたらと思うと、今更ながらリーリエはぞっとした。
「私にできることって……なんだろう」
ずっと継母のモルガナの目を気にして生きてきた。
母とは同じにならないように。
奴隷達の存在を解放しようとすれば、自分がひどい目にあう。
私は、母とは違う。
命が惜しいし、自分が一番可愛い。
リーリエは、人を虐げて生きてきた人間達を心の中のどこかで軽蔑しながらも、いつの間にか虐げられている人間に対して、見て見ぬふりをしていた。
結局リーリエ自身も奴隷を虐げてきた王族のうちの一人なのだ。
母であるサーシャの人を慈しむ力のある血が流れる反面、人を人とも思わない残虐な王の血も半分流れている。
母のサーシャが、奴隷を解放しようなどという行動をしなければ、きっとリーリエは何の疑問も持たないまま、奴隷は奴隷だと思っていただろう。
「せっかく結婚するんだ。政略結婚でも、恋愛感情は抱いてもらいたいじゃないか」
クノリスの言葉が脳裏に浮かんだ。
奴隷を解放したクノリス。
前王の圧政と正面から戦って、勝利を勝ち取ったクノリス。
アダブランカの英雄王。
汚れた家を見て、彼が相当な苦労をしてアダブランカ王国のトップに立ったのだと思い知らされた。
彼の本心を何度も疑い覗こうとしながら、結局リーリエ自身が彼に本心をさらけ出せていない。
もし、アダブランカ王国が窮地に立たされたら、リーリエは喜んで他国へと向かうだろう。
リーリエは、絶対に人のために立ち上がったりはしない。
いや、できない。
あたたかい毛布の中で丸くなる。
こんな状況で、本当に女王になどなれるのだろうか。
何度も同じことをぐるぐると考えながら、どれくらいの時間が経っただろうか。
突然風呂場の方から物音がした。
クノリスが帰ってきたのだと、リーリエは布団から飛び起きた。
同時に、安堵のため息がこぼれる。
「無事だったんだ……」
自分でその言葉を吐き出した瞬間、リーリエは、クノリスのことを心底心配していたのだと気づいた。
声をかけようか迷ったが、真夜中の湯あみの時間は絶対に近寄ってはいけないというクノリスとの約束を思い出したので、明日にすることに決めた。
0
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~
猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。
現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。
現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、
嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、
足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。
愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。
できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、
ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。
この公爵の溺愛は止まりません。
最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる