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episode01:グランドールの花嫁
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馬車が国境付近に近づいた時、ひどい雨が降り始めた。
山脈に囲まれたグランドール王国は、天気の女神様の気分が変わりやすい。
「ちっ。雨かよ」
運転手の遠慮のない苛立った声が、馬車の中にも聞こえた。
リーリエは、これ以上運転手の機嫌を損ねないように、息を押し殺して小さな穴の開いた馬車の天井を見上げた。
突貫工事にもほどがある。
もしかしたら、馬車も途中で壊れてしまうのではないだろうか。
どうにか国境に到着するまでに、持ちこたえますようにと心の中で願いながら、数少ない荷物の中から普段着ていたボロボロのドレスを取り出して天井の穴に差し込んだ。]
馬車が国境に到着したのは、それから数十分後のことだった。
国境の門の前には、既にアダブランカ王国の軍隊が来ているようで、グランドール王国の軍隊達はあまりの数の多さに圧倒されているようだった。
無言で馬車のドアを開けられて「降りろ」とジェスチャーをされる。
リーリエは、穴からドレスを抜き取ると、馬車を降りて水を絞った。
アダブランカ王国で、洗濯をさせてもらえるといいのだけれど。と胸中で呟きながら鞄の中に湿ったドレスを詰め込んだ。
門番は、リーリエのあまりにひどい格好に衝撃を受けながらも、アダブランカ王国軍が待つ方へと案内した。
門の中には、アダブランカ王国の軍人が数人、代表者としてリーリエのことを待ち構えていた。
黄ばんだドレスを着て、古臭く使い物にならない鞄を持ったリーリエを見た瞬間、何人かの軍人が「嘘だろ」「なんで?」と驚きの声を隠さずに真ん中に立っていた一人の男の顔を見た。
ある程度の反応は予想はしていたものの、あまりに居たたまれない。
おそらく、グランドール王国の人間は、後で王妃モルガナに呼び出されて面白おかしくリーリエの様子を話すのだろう。
しかし、真ん中に立っていた男は、リーリエの顔を見て「レオポルド王から預かっている書を出してくれないか」と手を出した。
俯いていたリーリエは、慌てて大事に閉まっていた書類を出してその男に手渡した。
本来であれば従者の仕事だが、リーリエには従者などいないので自分で持ってくるしかなかったのだ。
書類を受け取った男は、もう一度リーリエの顔をしっかり見た後「こちらへどうぞ。リーリエ姫」とリーリエをグランドール王国からアダブランカ王国へ迎え入れたのだった。
***
案内されたのは、リーリエが乗って来た馬車とは比べ物にならないほど豪華な馬車だった。
あまりに立派だったので、気後れしたリーリエが、前を歩いていた軍人に「申し訳ないです」と小さく声をかけたが、声は届いていないようだった。
「こちらへ」
書類を受け取った男が、リーリエに手を差し出して馬車に乗るように指示をする。
「……ありがとうございます」
黄ばんだドレスの裾に泥が跳ねていた。
お互いの視線がドレスに向いた後、リーリエは羞恥心で顔が真っ赤になった。
他の国の姫だったら、第一王妃に気に入られている姫だったら、こんな惨めな思いをしなくて済んだと、改めて思ってしまう。
リーリエが馬車に乗ると、男はドアを閉めてどこかへ行ってしまった。
アダブランカ王国に、リーリエの事情を知る人間はいない。
きっとあまりにみすぼらしい姫が来たと、追い返されてしまうのだろう。
アダブランカ王国の馬車は、内装もしっかり綺麗に整えられていた。
椅子はふかふかで、肌触りもいい。
リーリエだけがみすぼらしく、豪華な空間で異質な存在だった。
「待たせたな」
しばらく経って、先ほど書類を受け取った軍人が、馬車の中へ乗り込んで来た。
男は馬車の外にいる人間に「出発しろ」と指示を出して、自分で扉を閉めた。
呆気にとられているリーリエの顔を見て「鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているな、お姫さん」と出会ってから初めて笑みを浮かべた。
「まさか、一緒の馬車に乗ると思っていなくて」
「これから妻になる女性と少しでもコミュニケーションを取っておきたくてな。同席することを許してほしい」
「え?」
再びリーリエは驚き声をあげた。
「え?とはなんだ。まさか今更になって嫁入りするのが嫌になったとか言うつもりじゃないだろうな」
「まってください。私……えっと」
頭の整理が追い付かない。
軍人だと思っていた男の人が、私の夫となる人ということは、夫となる人は、アダブランカ王国の国王であるはずだから……。
リーリエは頭の中で必死に整理をする。
何度整理をしても、答えは一つにしかたどり着かない。
「あなたが……」
「申し遅れていたな。俺が、クノリス王だ」
山脈に囲まれたグランドール王国は、天気の女神様の気分が変わりやすい。
「ちっ。雨かよ」
運転手の遠慮のない苛立った声が、馬車の中にも聞こえた。
リーリエは、これ以上運転手の機嫌を損ねないように、息を押し殺して小さな穴の開いた馬車の天井を見上げた。
突貫工事にもほどがある。
もしかしたら、馬車も途中で壊れてしまうのではないだろうか。
どうにか国境に到着するまでに、持ちこたえますようにと心の中で願いながら、数少ない荷物の中から普段着ていたボロボロのドレスを取り出して天井の穴に差し込んだ。]
馬車が国境に到着したのは、それから数十分後のことだった。
国境の門の前には、既にアダブランカ王国の軍隊が来ているようで、グランドール王国の軍隊達はあまりの数の多さに圧倒されているようだった。
無言で馬車のドアを開けられて「降りろ」とジェスチャーをされる。
リーリエは、穴からドレスを抜き取ると、馬車を降りて水を絞った。
アダブランカ王国で、洗濯をさせてもらえるといいのだけれど。と胸中で呟きながら鞄の中に湿ったドレスを詰め込んだ。
門番は、リーリエのあまりにひどい格好に衝撃を受けながらも、アダブランカ王国軍が待つ方へと案内した。
門の中には、アダブランカ王国の軍人が数人、代表者としてリーリエのことを待ち構えていた。
黄ばんだドレスを着て、古臭く使い物にならない鞄を持ったリーリエを見た瞬間、何人かの軍人が「嘘だろ」「なんで?」と驚きの声を隠さずに真ん中に立っていた一人の男の顔を見た。
ある程度の反応は予想はしていたものの、あまりに居たたまれない。
おそらく、グランドール王国の人間は、後で王妃モルガナに呼び出されて面白おかしくリーリエの様子を話すのだろう。
しかし、真ん中に立っていた男は、リーリエの顔を見て「レオポルド王から預かっている書を出してくれないか」と手を出した。
俯いていたリーリエは、慌てて大事に閉まっていた書類を出してその男に手渡した。
本来であれば従者の仕事だが、リーリエには従者などいないので自分で持ってくるしかなかったのだ。
書類を受け取った男は、もう一度リーリエの顔をしっかり見た後「こちらへどうぞ。リーリエ姫」とリーリエをグランドール王国からアダブランカ王国へ迎え入れたのだった。
***
案内されたのは、リーリエが乗って来た馬車とは比べ物にならないほど豪華な馬車だった。
あまりに立派だったので、気後れしたリーリエが、前を歩いていた軍人に「申し訳ないです」と小さく声をかけたが、声は届いていないようだった。
「こちらへ」
書類を受け取った男が、リーリエに手を差し出して馬車に乗るように指示をする。
「……ありがとうございます」
黄ばんだドレスの裾に泥が跳ねていた。
お互いの視線がドレスに向いた後、リーリエは羞恥心で顔が真っ赤になった。
他の国の姫だったら、第一王妃に気に入られている姫だったら、こんな惨めな思いをしなくて済んだと、改めて思ってしまう。
リーリエが馬車に乗ると、男はドアを閉めてどこかへ行ってしまった。
アダブランカ王国に、リーリエの事情を知る人間はいない。
きっとあまりにみすぼらしい姫が来たと、追い返されてしまうのだろう。
アダブランカ王国の馬車は、内装もしっかり綺麗に整えられていた。
椅子はふかふかで、肌触りもいい。
リーリエだけがみすぼらしく、豪華な空間で異質な存在だった。
「待たせたな」
しばらく経って、先ほど書類を受け取った軍人が、馬車の中へ乗り込んで来た。
男は馬車の外にいる人間に「出発しろ」と指示を出して、自分で扉を閉めた。
呆気にとられているリーリエの顔を見て「鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているな、お姫さん」と出会ってから初めて笑みを浮かべた。
「まさか、一緒の馬車に乗ると思っていなくて」
「これから妻になる女性と少しでもコミュニケーションを取っておきたくてな。同席することを許してほしい」
「え?」
再びリーリエは驚き声をあげた。
「え?とはなんだ。まさか今更になって嫁入りするのが嫌になったとか言うつもりじゃないだろうな」
「まってください。私……えっと」
頭の整理が追い付かない。
軍人だと思っていた男の人が、私の夫となる人ということは、夫となる人は、アダブランカ王国の国王であるはずだから……。
リーリエは頭の中で必死に整理をする。
何度整理をしても、答えは一つにしかたどり着かない。
「あなたが……」
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