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60.5 男爵領主代行は公爵令嬢に驚く

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初めてフラン様の事をお聞きした時、私は声が出ませんでした。

たった7歳の少女が、男爵領主になり、しかも今後統治をしていくと言うのです。

名君と謳われた国王陛下も、遂に耄碌もうろくされてしまったのだと思い、覚悟を決め新女男爵様をお迎えする事にしました。

きっと、領政は私に任せっきりで、私達にとって今までとなんら変わらない日々を過ごすのでしょう。

男爵邸に現れたのは、フィアンマ公爵夫人に連れられた小さな少女。

覚悟は決めていたものの、この方が私達を纏める領主になるのだと思うと、想像以上に小さいと思えました。



まず不思議に思ったのが、夕食の際にコックに尋ねていた質問でした。

『魚醤』と呼ばれる調味料を求めていたらしいが、その実態が半年間放置した魚の塩漬けだと言うのです。

長年この地に仕えてきた私でも、そのようなおぞましい食品など聞いた事もありません。

しかし、なぜこのように幼く海など全く知らなさそうなフラン様が、そのような調味料の製造法を知っているのか疑問でした。

元々実験が好きだと言う噂を聞いていたので、その際にでも似たようなものをお作りになったのでしょうか。

ただ、私は魚醤というものが完成したとしても、絶対に食べないと誓っていました。



翌日、私を呼び出し従業員一人一人の説明をさせたのにも関わらず、のちほど個々に面談をしていたのは、時間の無駄ではないのでしょうか?

その後も、こっそりと隠れて使用人の後を付け回したりと、私には理解しがたい行動を取っていました。

一応、領主らしい事をしようと、少女なりに頑張っていたのでしょう。

そう思っていましたが、まさか使用人の悪事の現行犯を捕まえ、更には他の使用人の意識改革までさせてしまうなんて。

最初はスパイごっこをしていたフラン様の行動に、彼女の専属侍女と一緒になって呆れていましたが、今や呆れているのはその専属侍女だけでした。

それだけではありません、使用人見習いのケンの才能にすぐさま気付き、私の補助をする様にと人事異動をなさいました。

このお方、人を見る目があります。

とても7歳だとは思えませんでした。



その後も、領内各地に施設建設やインフラ整備を持ちかけ、領民の多くが雇用され、十分な仕事を与えられました。

しかもその殆どが、地形を活かした施設や設備で、一時の雇用だけでなく今後の生活に役立つものばかり。

さらに驚きなのが、その予算の出所。

フラン様がまだ公爵領にいらっしゃった時に、ご自身で稼がれたお金だというのには、フラン様が領主になると初めて聞いた時以上の驚きでした。

噂で聞いていたフラン様の功績は、本当だったのです。



そして、フラン様の本領発揮を、遂に目の当たりにしてしまいました。

フラン様は食に対する知識と技術、貪欲さが人一倍あるのです。

誰もが漁の邪魔だと捨てていたあの昆布で、ラーメンという信じられない程美味しいものを作ってしまうのですから。

初めてラーメンを食べた時は、この世にこんなに美味しい物があるのかと思ってしまうほどでした。

更には、何種類ものスパイスを贅沢に使った料理、カレー。

あの具材には、誰もが気味悪がっていたイカを使っていました。

そのイカのなんと美味しい事。

しっかりとした弾力のある噛み応え、淡白ながら磯の風味が効いたイカの身が、全身で感じるほどのスパイスの香りと味にこれ程までに合うのです、高級料理であろうが、売り切れ必至になるのは仕方がないでしょう。

そのイカを干物にしたスルメと呼ばれる珍味は、フラン様がお作りになったビールと誠に相性が抜群。

頭をキンと刺激するほどに冷やされ、ジョッキの中に立った泡と一緒に飲む刺激的な酒。

どうしてお酒の飲めない少女が、このような飲み物を作ることができたのでしょう?



食べ物や飲み物だけではありません。

フラン様が発明したものは、まだまだございます。

まず初めに、海水浴。

我々海の民が海で泳いで遊ぶのは、幼少期まで。

大の大人が海ではしゃぐなど、年甲斐にもありません。

しかし、フラン様はそれをも商売にしてしまいました。

同時に開発された、水着という海水浴専用の衣装は、普段着に比べ男女とも露出が少し多く、当初着用は恥ずかしかったのですが、フラン様に「水着を着て全力で海で遊べ」と仕事として命じられたなら、従うしかありません。

非常に楽しい3日間でした。

もう二度と、あのようなゆったりと楽しんだ時間は過ごせないでしょう。

最初で最後の楽園でした。



その後も、海の神様へ感謝をするお祭りを企画なされました。

御神輿という各地区の特産品で作った櫓を担いで、男爵領内を練り歩き、しまいに屋台で海の幸を使ったご馳走を領民へ振る舞う。

この時の料理に、なんとあの魚醤を使っていらっしゃったのです。

絶対に食べないと誓っていました。

ですが、食べてしまいました。

まさかあの悪臭放つ異物から作られた調味料が、これほどにも食欲を刺激する料理に変わってしまうのです。

明日、腹を壊してもいい。

そう覚悟しながら、すべての料理を美味しく食べました。

後悔は全くしていません。

なぜなら、それらの料理はどれも素晴らしい味でした。

そして翌日、腹を壊す事もありませんでした。

イカ以上に気持ちの悪いタコですら、フラン様にかかればご馳走になってしまうのです。

彼女の手にかかれば、きっとこの世で食べられないものは何もないでしょう。



これ程事業や食品開発に卓越した少女の存在を、信じられずにいた最中、遂に彼女は領政にまでメスを入れてきました。

その的確な指示たるや、長年領主代行をしていた私の考えを圧倒するものでした。

正直、恥ずかしくなりました。

わずか7歳の少女がこれほどの事を成し遂げ、お考えになっているのに、私ときたら、ただ単に領主代行と言う地位に長らく胡座あぐらをかいていただけの耄碌もうろくした爺でした。



このままではいけません。

私には落ちこんでいる暇などありません。

この地の民として、そして、フラン様を支える領民の代表として、せめて横でご一緒に歩けるよう努めて参りたいと思います。



先程、オセロというゲームをフラン様が開発していて、ルールを教えてもらい試しに遊ぶ事になりました。

ワザと四隅だけを取らせて、他の全てのマスを取られました。

完全に遊ばれました。チクショー。
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