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Chapter3

15 親子

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 やばい、ちょっと待って! まずモンスターを倒さないと! でも今あの馬車を見失ったら子供たちを助けられなくなるかもだし!?
 判断を迷っているうちに、クソデカ蝿はじりじりと脚を動かしはじめた。

「ギィイイイイイッ!」

 耳障りな叫び声を上げ、縮こまっていた翅をばっと広げる。体中にまとわりついていた氷のかけらがバリバリと崩れ落ち、モンスターは動きを取り戻してしまった。
 すぐ近くでクソデカ蝿を引きつけていたアスリナさんは膝をついたまま動けないでいる。死の淵からよみがえったとはいえ、体力までは戻っていないらしい。

 やっっっばい、アスリナさんが危ないから防御の奇跡を発動させて子供たちを助けてその前に攻撃して!? いや先に攻撃!? あああああスローモーションになってくれよたのむぅううう!

 混乱しかけたけれど、山の方から流れ星のような光が急速に迫ってきているのが見えて、はっと確信する。
 もう、大丈夫だ。

「やい! このうんこ蝿! バーカ!!」

 剣を抜いてでたらめに振り回し、クソデカ蝿の注意を引く。
 こいつはさっき、硬直して動けない俺を無視して盗賊を殺した。アスリナさんよりは動いている俺に反応するはずだ。

 案の定、クソデカ蝿はのっそりと俺の方に体を向けた。
 クソデカ蝿が怪しく翅を羽ばたかせると、地面から黒いガスのようなものが湧き立った。翅にまとわりついたガスは無数の針に形を変え、俺めがけて一斉に飛んできた。
 俺はアビリティ「二軍のエース」を発動させ、攻撃の軌道を読んで難なく回避する。

「ワハハ! その程度で我を倒せると思ったか! 我、神ぞ!!」

 俺が煽りまくると、クソデカ蝿は癇癪を起こしたように巨体を震わせ、さっきの十倍ぐらいの量の針を生成した。

 アッ、これはやばい、軌道を読んだところで回避不可能な質量。くらったら確実に死ぬ。

 それでも恐ろしくはなかった。
 願うよりも早く、リュカが俺の近くに来ている。

 一閃。
 モンスターが光の柱に包まれる。光にわずかに遅れて、落雷のようなすさまじい轟音が響き渡った。

「うっわわわわ!」

 衝撃波で周囲の土がめくり上がり、俺はごろごろと地面を転がる。土まみれになって目を回した俺を助け起こしたのは、リュカだった。

「――ニーナ、お怪我はございませんか?」
「リュカ! ナイスタイミング!」

 振り向くと、クソデカ蝿は原形をとどめたまま真っ黒焦げになっていた。ここまで焦げちゃうとキモさも消える。じわじわと形が崩れ、黒い霧になっていく。
 アスリナさんも衝撃波で倒れていたが、怪我はなさそうだった。

 この場は乗り切った! あとは!

「リュカ! 子供たちが! 馬車! 盗賊に! 誘拐!」

 俺の支離滅裂な説明にも動じず、リュカは右手を胸に添えて微笑んだ。

「心配無用です、空から状況を見ておりました。既にハオシェンが救出に向かっております」

 リュカが指差すのとほぼ同時に、西の森の方向から轟音が響き渡った。この音と、一瞬光ったエフェクトの感じ。ハオシェンの必殺技が決まったっぽい。
 安心してほっと息を吐いた俺に、リュカがとった行動を説明してくれる。

 山に巣食っていたモンスターのボスを倒した後、リュカたちは村に火の手が上がっていることに気が付いた。リュカとハオシェンは村に残った俺を救うために、空飛ぶ馬エクレールに乗っていち早く戻ってきた。
 モンスターの姿を確認したリュカはエクレールから飛び降り、上空から必殺技をくらわせてクソデカ蝿を倒した。ハオシェンはそのままエクレールに乗って馬車を追跡。今頃盗賊を捕まえて子供たちを保護しているはずだ。

「申し訳ありません、勝手な判断をいたしました」
「いや全然! ありがてえ! ナイス判断! ファインプレー! さいこう!」

 ハオシェンが馬車を操って戻ってくる頃には、退避していた村人たちも戻ってきていた。子供たちの無事を確認した人々の歓声や、回復したアスリナさんにすがり付いて喜びに泣き咽ぶ声が辺りを包む。
 その光景を見て、俺はやっと肩から力が抜けた。今更ながら手が震える。盗賊の襲撃に、モンスターの出現。俺一人だったらどうにもできなかった。

「すべては、ニーナによって授けられた天恵です」

 リュカは俺の頬についた泥を落としながらにっこりと微笑んだ。

「俺だけじゃなくて、みんなのお手柄だよ」

 俺は震えをごまかして片手をあげてみたけれど、リュカはハイタッチではなく俺の手をきゅっと握った。そうだった、リュカはなんでかハイタッチしてくんねえんだよな。

 歓喜に包まれた村に、アルシュとリゼロッテちゃんも戻ってくる。
 山から全力で走ってきたのだと思う。息を切らせたリゼロッテちゃんは光の角が生えた俺の姿を見て驚いたようだったけれど、それよりも。樹に体をあずけて座っていたアスリナさんを視界に捉えた瞬間、メイスを取り落として駆け出した。

「――お母さん! お母さん、無事で良かっ……」

 周囲にいた人々を蹴散らす勢いで駆け寄ったリゼロッテちゃんは、アスリナさんの手を取り、はっと言葉を途切れさせた。
 傷は癒えているものの、激しい戦闘で服がところどころ破けている。そこから覗いた肌からは、魔力痕が綺麗さっぱり消えていた。

「もう大丈夫。ニーナ様が治してくださったんだよ」

 アスリナさんの手を握り締めたまま、リゼロッテちゃんはぼろぼろと大粒の涙をこぼした。顔だけを俺に向けて、ぱくぱくと口を動かす。
 多分、俺の正体や、なぜアスリナさんの魔力痕が消えたのか、聞きたいことが沢山あるんだと思う。それでもこみ上げる嗚咽に耐え切れず、わあっと泣き出してしまった。

「おかあさ……よかった……ああ、……」

 今まで我慢していた分を吐き出すように、わんわん泣くリゼロッテちゃんにつられて、二人を見守っていたお手伝いさんや他の村人たちも一緒になって泣いている。

「好きなだけ泣いていいんだよ。えらかった、よくがんばったね、私の愛しい子」

 リゼロッテちゃんの背中を優しく撫でながら、アスリナさんも静かに涙を流していた。
 村長の代理として、村の行く末を案じながら、アスリナさんとの死別を覚悟していた。色々な重荷を背負っていたリゼロッテちゃんは、今ようやくただの子供としてアスリナさんと向き合えるようになったのだと思う。

 二人はよく似ている。モンスターに果敢に立ち向かう姿とか、相手を大切に想いすぎて頑固になってしまうところとか。それに、自分自身がどんな苦境にあっても、相手を思いやることを忘れない強さ。
 とてもよく似た親子だなって、思った。

『パパラパパパパーン!』
「おわっ! びっくりした!」

 唐突にスマホからファンファーレが鳴り響いてびびる。空には「Quest Clear!」という文字がバーンと飛び出し、辺り一面に紙吹雪が舞った。

「――あ! そうか、これでクエストクリアってことか!」

 村人たちは唐突に空に浮かんだ文字や紙吹雪に驚いていた。それでもすぐに「これが神の奇跡か!」「なんと神々しい」と歓声を上げた。

 そう。マジで奇跡。モンスターをやっつけたし村も無事。アスリナさんも回復した。これはものすっごいハッピーエンドなのではないだろうか。やばくない? 俺って超神じゃ~ん?

 ――この時の俺は、仲間たちや村の人たちに褒め称えられまくられて、浮かれて調子に乗りまくっていた。
 後々考えると、俺は間違いなく神過ぎてしまっていたのだった。
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