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Chapter3

01 トリファン見聞録~市場と物価とカード決済~

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 水道橋の街ごとスマホゲームの世界にやってきてしまったのが三日前。
 この世界では水道橋はなぜかダンジョンとして扱われていて、街中モンスターだらけになっていた。元の世界に帰るヒントを得るため、頼れる仲間たちと共にボスモンスターを倒したけれど、結局何もわからなかった。

 一体どこの誰が、何のために俺をこの世界に呼んだのかも今のところ不明。
 謎は深まるばかりだけど、きっと俺にはなんらかの使命があるはずだ。モンスターを倒しまくり、この「トリニティ・ファンタジア」の世界を平和に導くとかそんな感じの。だって俺はこの世界では神だし。超強い奇跡の力を使えちゃうわけだし。神とかやばいよな~! モテたらどうしよ~!

「ニーナ、やはりまだ体調が優れないのですか? もう少し休まれた方がよろしいのでは」
「アッ!? いや、もう大丈夫! その節はご心配をおかけしまして……!」

 回想しつつ脳内でイキってたら、リュカが心配そうに俺を見ていた。いかん、顔がニヤつきそうなのを我慢してたけど多分めちゃくちゃ気持ち悪い表情になってたな。
 昨日は二日酔いで丸一日ダラダラと無駄にすごしてしまったけれど。せっかく異世界転移なんていう漫画みたいな経験をしてるんだから、はりきって冒険するっきゃねえわな。

 冒険の前にすることといえば装備の確認である。特に俺の服。当たり前だけど制服は戦闘向きじゃないし、汚したり破けたりしたら親にクッソ怒られて大変な目に合う。あとファンタジーな世界に来たからにはそれっぽい格好をしたいよね。ハロウィンのコスプレみたいでわくわくする。

 そんなわけで俺はリュカに付き添ってもらい、装備品を買うために市場へやってきていた。
 教会のある区画とは違って活気に満ちている。大通り沿いに露店が並び、面白そうな商品が所狭しと置かれている。この街は各地から巡礼の旅人が訪れると同時に商人たちの交易の場にもなっているそうで、世界中の武器に防具、食料品や日用品、モンスターから採取した素材などが売り買いされている。ここでならいい感じの装備が手に入るはずだ。

「おっ、あれとかいいかも」

 衣類を売っている露店のタープから吊り下げられた黒いコートに目をつけると、愛想のいいおじさんがすかさずセールストークを始めた。

「やあ、いらっしゃい! これはヘルヴェールの都で大人気、最新流行のコートだよ。試着してみるかい?」

 ほほ~どこだかわからんけど都で流行っすか。俺が「じゃあお願いします」と言うよりも先におじさんは吊り下げていたコートを下ろし、いそいそと着せにかかってきた。

「いいじゃないですか~坊ちゃんの気高い雰囲気にぴったり! よっ、王子さま!」

 おじさんはほくほく笑顔で俺に姿見を向ける。そんな見えすいたお世辞にはいくらなんでも乗せられないぞ~? と思いながら鏡を見たら。
 いいじゃん! マジで似合ってるんじゃね!? 手練の剣士って感じ! やっぱ黒っていいよな、三割り増しでイケメンかつ強そうに見えないでもない! 俺には少し大きいけど、袖をまくればなんとか着こなせる。

「どう? いけてる?」
「はい。ニーナのお見立てに間違いはないかと」

 ノリノリでポーズを決めた俺に、リュカは全くの無表情で答えた。
 ――なんか。塩。リュカは俺に対していつもめちゃくちゃ笑顔なのに、すっごい塩対応なんすけど。そんなに似合わない? 神のくせに厨二病すぎ? それともまた気付かないうちに俺がなんかやらかしちゃったのか?

「……リュカ、もしかして怒ってる?」
「いいえ、そんなことはございません!」

 不安になって尋ねてみると、リュカはあわてて首を横に振った。

「申し訳ございません、私がこのように賑わった場所で表情を乱しますと、周りの方々の心を惑わすことになりかねませんので……感情を表に出さぬよう注意を払っておりました」
「アッ、ソウナンデスカ」

 なるほどね。イケメンならではの気苦労ね。俺には全然わからんけど大変デスネ。初めて見る市場に夢中になってて気づかなかったけど、そういえばリュカは市場に着いた時からずっと真顔だった気がする。
 ふと周囲を見れば、俺たちがいる店にちょっとした人だかりができていた。主に女性。あからさまにジロジロ見るような人はいないけれど、商品を見ている体でそれとなくリュカを視界に収めている感じ。

「本当に、よくお似合いだと思います」

 リュカがいつもの10%ぐらいの微笑を俺に向けると、周囲から「まあ……!」「お素敵……!」などという声が聞こえてきた。てゆうか店のおじさんまでリュカに見とれて「まじキュン♡」みたいな表情になってるし。
 ちなみにリュカが着ているのはいつのも光り輝くカッコイイ鎧ではなく、普段着のシンプルなシャツとゆったりしたパンツだ。
 俺はかしこいので完全に理解した。服だけ格好よくしても意味がねえ。悟りを開きテンションがやや下がった俺は、丈夫で機能的な装備を選ぼうと心に誓った。


「そういえば買い物とかする時のお金ってどうしてるの?」

 頑丈で地味めな上着をみつくろい、支払いをしようとしてふと気づく。
 ゲーム内通貨の「ゴールド」はそれなりに持っている。初心者特典でもらった十万ゴールドと、水道橋ダンジョンで稼いだ分を合わせて十二万ゴールドぐらい。でもそれはデータ上の話で、硬貨を持ち合わせていなかった。メシ食いに行ったときはいつの間にかリュカが払っておいてくれてたんだよな。

 リュカは「お任せください」と控えめに微笑んで、懐からクレジットカードみたいなものを取り出した。店のおじさんが差し出したカードリーダーみたいな小箱にカードをかざすと、カードに埋め込まれている小さな宝石がキラッと光った。

「へい、確かに。お買い上げありがとうございました」

 おじさんにうやうやしく頭を下げられて、俺だけ話についていけずにぽかんとしてしまう。

「えっ!? 今ので支払いできたってこと? カード決済!?」
「はい。ゴールド硬貨も流通していますが、主流はカードです」

 リュカは俺の代わりに商品を受け取り、小声で説明してくれた。
 まじかよ。ファンタジー世界でキャッシュレスとか。硬貨を持ち歩くよりも軽くて手間がかからないし便利だけども。世界観大丈夫なん?


 衝撃を受けつつ、市場を回ってその他の装備を買い集める。シャツを二枚、ワークパンツを一枚、フードつきのローブにブーツと下着類。それに軽くて頑丈なレザープレート。全部で大体三万ゴールドぐらいだった。

 服と防具は揃ったし、次は武器がほしいんだけど。この世界の物価がどんな感じなのかいまいちわからない。もうちょっと様子を見てから買い物すればよかったな、と少しだけ後悔しながら食品市場に寄り道してみた。

 スパイシーな香辛料の香りや甘い焼き菓子の匂いに胃袋を刺激されながら、野菜の値段を見てみる。
 でっかい麻袋に詰められたじゃがいもは一袋100G。トマトは一山250G。豆は量り売りで100グラム50G。
 うーんわからん。1円=1Gぐらいだって考えていいのか? でもそれだとじゃがいもがめちゃくちゃ安いんだよな。

 てゆうか野菜。日本にもあるおなじみの食材が目立つけど、異世界ならではの謎野菜も結構多いな。一番気になったのが「ロマネスコ」っていう呪われた大仏の頭みたいなやつ。どう考えても魔法の力が作用している形状だ。本当に食えんのかなこれ。

 あと見た目は俺の世界のものと一緒なのに、呼び方が違う食材もいくつかあった。どっからどう見てもリンゴにしか見えない果物は「アカナシ」と呼ばれていた。赤梨? リュカに買ってもらってかじってみたら味もリンゴそのものだった。むしろ元の世界のリンゴよりうめえ! 甘酸っぱくておいしい!

 やっぱこの世界の食べ物はおいしい。軽食の屋台も色々出てるし、今度みんなで来たときに食べ歩きしよう、なんて思っているうちに武器屋に到着した。
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