氷の貴婦人

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第四章 マックスの学園生活

マーシャの接近

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 学園祭当日、生徒たちは朝早くから準備に当たり、バタバタと走り回っていた。

 教室を飾る垂れ幕や、展示物の飾り付け、休憩コーナーのお茶の用意。
 この学園の学園祭は、勉強や研究成果の発表が主な、ちょっと堅苦しいものだ。

 遊びの要素が少ないので、見に来るのは大人達ばかりで地味目。

 僕は担当する展示物の前で説明員をしていた。
 マックス、と呼ばれて振り向くと、そこに母が立っていた。

 二年ぶりに見る母は、かなり派手になっていた。豪華なドレスを着ている。今日は勉強の発表会なので、その装いは浮き気味だ。
 美しいと言えば言えるが、少々場違いで違和感があった

 二年しか経っていないのに、化粧が派手なせいか、五歳くらい年を取ったように見える。
 母が甘い声で言う。

「大きくなったわね。私のマックス。すごくハンサムになって、嬉しいわ」

 どうしようかとしばらく考えたが、目立ってしまうのが嫌で、母を促して人気のない所に移動した。

「何の用でしょうか」

「母親が息子に会うのに理由がいるの?」

 馬鹿らしいので、さっさと戻ろうと思った。

「会うのが用なら、会いましたから、これで帰ってください。さようなら」

「ちょっと、まだ何も話していないじゃないの」

「僕には接近を禁止されているはずです。用事があるなら早く言ってください。僕は早く戻らなくちゃ」

 変な子ね、と言いながら髪の毛を後へ払う。手には大きな指輪がゴッテリとはめられている。母は、ちょっと僕に体を寄せ、声を潜めた。

「ねえ、侯爵になりたくない。夫の嫡男が亡くなったの。私と一緒に来ない?」

 ああ、お祖父様がありえないと言っていた方の用事だったか。
 抗議が入ったはずなんだけどな。

「僕に相続は発生しないと聞きました。僕には権利がありませんよ」

 また髪を払い除けて、腕を組んだ。両手に目いっぱいの指輪が並ぶ。耳には大ぶりのイヤリングが重たげに揺れている。

「そんなこと、どうにでもできるわよ。
 夫があなたに会ってみたいって言ってくれたの。チャンスよ」

 一旦捨てたはずの欲が浮上した。
 子爵よりは、侯爵の方が、人生、断然有利だ。
 気持ちが大きく動揺した。

 母が素早く日時を言って、迎えの馬車を学園に寄越すわと言い、メモを僕に手渡して去っていった。

 祖父に相談しようかと思ったが、握り締めた紙には、明日の日付が書かれている。
 明日と明後日は学園祭の振替休日で、のんびりできるのだ。この日程でというのは、それを知っていたのだろう。

 母は、侯爵の後妻になっている。つまり侯爵夫人だ。
 以前は、田舎の生活や地味な伯爵家の生活に文句を言っていたが、あのドレスと、あの指輪からして、今は派手な生活をしているのだろう。

 僕のためを思って声を掛けてくれたのは間違いない。子爵を継ぐ僕を、かわいそうだと思ったのだろうか。
 それよりも、キースより下の爵位が気に入らないとかの方が、ずっとありそうだが。

 明日、行ってみよう。
 話を聞くだけだもの。
 お祖父様には内緒にしておこうかな。

 次の日の朝9時、約束通り侯爵家の馬車が、学園に迎えに来た。
 寮には戻りの時間を夕方17時と届けてから出かけた。



 その日、マックスは帰ってこなかった。

 キースが舎監の先生から、何か知らないかと聞かれたのは、その日の夜九時だった。
 ちょっと遅すぎるので、確認に行くか考えている、と言われ、どこに出かけたのかを聞いてみた。身内の屋敷で、夕方五時戻りの予定だったと言う。

「ランス家なら、良く引き止められるので、そのせいじゃないでしょうか」

「いや、ミール侯爵家だよ。母方の縁者だそうだ」

 しばらく考えて、思い当たったのはマーシャ伯母さんの嫁ぎ先だった。だが、もう少し離れた街に屋敷があって、日帰りできる場所ではなかったように思う。

「ミール侯爵家のどの屋敷でしょうか」

「皇都内にある本邸だよ。ここから近い」

 マーシャ伯母さんがこちらに来ていて、会いに行ったのだろうか。
 久しぶりだから、長話になっているのか? それにしても、連絡が無いのはおかしい。

「先生、確認に行っていただいた方がいいように思います。泊まるつもりなら連絡が来るはずですから」

 夜間の行動は物騒なので、大人でも原則二人以上での行動になる。先生たちは二人でミール侯爵邸に向かった。ちなみに学生は夜間外出禁止。

 キースは何となく落ち着かない気分で待っていた。
 一時間もしないで先生方が寮に戻ってきた。ホールの椅子に座って待っていたキースは、すぐに先生たちの元に走っていった。

「向こうで体調を崩したそうで、このまま泊まることになったようだよ。バタバタしていて連絡が遅れたそうだ」

「マックスはどんな様子でした?」

「寝ているので会えなかったよ。明日、もう一度様子を見に行くから、心配しなくていいよ」

 確か、接近禁止の誓約をしたのじゃなかったかな? うろ覚えなのだが。
 もしかして、内緒で会いに行ったのだろうか。昔の僕のように。ジョンに相談したかったが、彼は家に戻っていた。


 次の日の午前中、先生方が様子を見に行くと、前日と同じようにマックスには会えなかった。
 明日から授業が始まるので、一応二日分の休暇届を書いてもらった。
 記入者は、母親だ。

 キースが先生たちに様子を聞きに行ったのは、昼前だった。

 まだ面会できなくて、もう二日分の病欠届を貰って来たと聞き、どうしようかと考えた。

 接近禁止され、親子の縁が切れた母親なのに、いいのだろうか。
 マックスは会いに行ったのを隠したいかもしれない。でも、病気ならランス邸に戻るか、寮に戻って医務室で見てもらう方がいいのでは?

「先生、ランス邸か寮に戻ったほうがいいと思うのですが、違いますか?」

「ああ、それは言ったのだが、今動かしたくないと母上から言われたのでね。まあ、親元なら別に問題はないからね」

 キースは困った。接近禁止の事を先生方は知らないらしい。
 言ってしまうと、問題になりそうだし。

 「僕が後でお見舞いに行ってきます。その時に様子を見てきますね」


 午後の三時くらいになってから、キースは花束を買って、一人でミール侯爵邸に向かった。

 寮から二十分程度の街中にミール邸は建っていた。とても目立つ豪華な屋敷だ。
 門前で訪問の理由を伝え、しばらく待つと、邸内に通された。

 侍従に案内された部屋に、マーシャ伯母さんが待っていた。

「こんにちは。マーシャ伯母さん。マックスの体調が悪いと聞いて見舞いに来ました」

「ありがとう。まあ、マックスにそっくりね。あなたも綺麗だわ」

 良く言われる言葉なのに、なんとなく気持ちが悪くて嫌だった。今までのマーシャ伯母の行いを知っているからだろうか。

 伯母に勧められ、窓辺にしつらえられたテーブルに座ると、お茶の用意が運ばれてきた。

 それと一緒にミール侯爵がやって来た。
 キースは立ち上がり、挨拶をして、三人でテーブルに着いた。

 ミール侯爵は50代くらいの、祖父たちと同年代の男性だった。派手な恰好をしていて、暗いねっとりした目でじろじろとキースを見回す。感じの良い人物ではなかった。

 お茶を飲みながら、マックスの様子を聞いた。

 この家に来てから発熱し、寝込んでいるそうだ。
 キースは、早くここから出たくなったし、マックスも連れ出すべきだと結論を出した。
 お見舞いをしてからランス家に話をしに行こうと決めた。

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