氷の貴婦人

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第四章 マックスの学園生活

マックスを迎える人々の思い

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 マックスを学園に残し、門から出ると、アトレーはしばし考え込んだ。

 この一年と少しで、全く様子が変わったマックス。良い方向への変化だが、あまりに唐突だ。毎日見ているランス伯爵達は、ごく自然に受け止め、喜んでいる。

「やはり、マーシャと引き離したのが良かったのね」

 嬉しそうだが少し複雑な表情で、そう言う夫人の顔を思い出す。

 先ほど、騒ぐキース達を見た時、一瞬のぞいた冷たい目。
 別れ際にジョンとキースに出会った時の、探るような視線。

 端々に素の感情が顔を出す。彼は、何をしようとしているのだろう。

 赴任先に無理やり連れて行ってもいいことは無い。本人が納得しなければ、新しい幸せを掴むことはできないだろう。
 学園に入学する、それを強く願い続ける彼について、グレッグがレグノに出張してきた時に相談した。

 グレッグは考えながらこう言った。

「学園での生活でどっちかに転ぶか、賭けだな。あの子の抱え込んでいる黒いものを吐き出させないと、幸せにはなれないだろう。だが、悪い方へ転んだら、キースを巻き込むと思う。
 マーシャみたいに馬鹿なら単純だけど、あの子は複雑だ。少し接しただけだが、底の見えないところがあるよ」

「賭けだな。それもキースを賭けの対価とした。だから今までは反対してきたんだ。
 だけど、マックスは頑なに引かない。無理やりレグノに連れて行けば、更にゆがみそうな気がするんだよ」

「キースを守りたいなら、引いとけ。
 マックスを救うためとしても、この賭けは重いぞ」

「最近、というよりランス家で生活し始めてから、妙にいい子の振りをするようになったんだ。あざといくらいなんだが、以前を知らない人からは好意的にとらえられている。
 どうも、キースを真似ているような雰囲気なんだよ。
 なんだか嫌な感じがするんだ。今の内にと気が変わり始めたのは、そのせいなんだよ」
 

 しばらく二人共、黙り込んだ。
 その後で、アトレーが決断した。

「キースに選んでもらおう。
 どっちみち、マックスの執着が消えない限り、キースに付きまとうだろう。一番の当事者だ」

 グレッグは手近にあった紙に何かを書き始めた。

「何しているんだ?」

「ソフィ宛の手紙だよ。時々キースの様子を書き送っているんだ。
 今回のことも連絡を入れておく。ソフィはランス伯爵家に行かないようにしているから、今のところマックスを知らない。子供たちとの交流も保留している」

「そうか。慎重だね」

「さて、キースがどう答えるか。手紙で結果を知らせてくれ」


 前回の帰国時にキースを寮から連れ出して、街中をぶらぶらと散歩しながら相談を持ちかけた。

 マックスが学園に入学を強く希望していることと、キースに友好的ではないだろうことを、まずは話した。

「うん、時々一緒に遊ぶけど、あまり仲良くなれないんです。
 なぜ、学園なんだろう。レグノの学校に行ったほうが、多分楽しいのに」

「そう、変だろ? 考えられるのは、キースへの執着だ。それが解消されない限り、お前も彼も自由になれないと思うんだ。だが、それは多分、楽なことでは無い」

 キースはしばらく足元を見ながら、黙って歩いていた。

「僕と話をしないと。お互いが納得するまで。本音で。
 そのためには、もっと関わらないといけない。
 学園に入学するのがいいと思います。この先、大人になってからではなく、今がいい気がします」

 アトレーが立ち止まった。

「お前はやはり賢いな。俺とグレッグも、そう考えた。
 今引き離して、成人後に争うと、ろくな結果を見ないだろう」

「じゃあ、入学で決まりですね」

「そうだね。準備を始めるよ。お前はしっかりと目を見開いて、耳を澄まして、彼の動きに注意してくれ。
 お前の評判を落とすような噂を流したり、脚を引っ張るような真似をするかもしれないからね」

「ジョンに相談して協力してもらってもいいですか。彼から、あの子には注意しろと忠告されているんです。
 何か感じているみたいなので、いいアドバイザーになってくれそうです」

「やはり、前王に似ているんだな。勘が鋭い」

 また、当てもなく歩き始め、落ち葉を蹴ったりしながらキースが聞いた。

「これは、マックスに良い未来を与えるためですね」

「そうだな」

 それから、小さい声で、下を向いたまま聞いた。

「僕より、長く一緒に暮らしたマックスのほうが好きなんですか?」

 足を留めて、キースの顔を覗き込んだ。泣きそうな顔をしていた。

「そんなことはないよ。2人とも私の息子だ。どちらも同じように大切で、幸せになってもらいたい」

 そう言って、キースを抱きしめた。領地の時より、また少し大きくなっている。
 でも、細い体は子供のままだ。
 子供の年代のキースと、こうやって関われることに感謝した。神と、力を貸してくれた人々に。

 キースはもっと小さい子供のように、ぎゅっと抱きついている。その頭の上から話をした。
 
「まだね、マックスをこうやって抱きしめたことが無いんだ。
 なんとなくだけど、拒絶されてる気がする。全ては私のせいだけど、そのとばっちりが、お前に行くのは避けられない。迷惑をかけっぱなしでごめんな」

 キースが体を離して向き直った。

「僕を信じているから、頼んでくれたのですね」

 アトレーも真直に見つめた。

「そうだよ」

「じゃあ、いじけずに頑張ります」

 そう言って、笑ってくれた。この子は......

「様子を知らせてくれ。こちらに頻繁に帰るようにする。グレッグ伯父さんとソフィも気にかけてくれている」

「お母様がですか?」

「グレッグからいつも、お前の近況を聞いているそうだよ。今回のこともグレッグが手紙で知らせた」

 急にキースの顔が明るくなった。ソワソワして、伯父さん変な事を書いてないかなあ、と独り言を言っている。

「美味しいパイの店があるから、そこでお茶を飲んで、お土産を買ってあげるよ。
 寮には、お菓子の差し入れは大丈夫だったろう?」

「部屋の人数分買うことが決まっています。それ以上も以下も駄目だから、三個」

「分かった。好きなパイを三個だね」

 二人はティールームでお茶を飲み、パイを食べた。キースはチェリータルト、アトレーは、ペカンパイを選んだ。

 半分キースにあげて、食べているのを見ていると、幸せな気分になった。
 もうすぐに大人になってしまう今のこの子を、じっくりと見ていたい。
 マックスのことが無くても、頻繁に帰って来ていただろう。

 
 お土産は、なるべく大きいのがいいと言って、リンゴがぎっしりと詰まったアップルパイの、4分の一カットを三つ買って持たせた。

 それを見ながら、一人一口かなあ、とつぶやいている。
 アトレーの方を見て口をとがらせた。

「お出かけを知っている奴らが、土産を期待して集まってくるんだ。特にジョンなんか、王太子特権を使うんだよ。絶対に二口分要求してくる。未来の王として、どう思います?」

 笑いながら、問題あるなあと言っておいた。

 キースの世界は明るく、くすみが無い。
 人の微笑みと愛情を自然と引き出す。

 マックスがそれにどんな反応を示すのか。
 自分に出来ることは、キースのためにできる限りの援軍を用意すること。
 それと、マックスのために、レグノにできる限り良い環境を用意し、良い未来を与えてやることだ。
 




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